STOに関する内閣府令案(2020年1月14日公表)を分かりやすく解説します

Fintertechマネジメントグループの新藤です。

タイトルの通りではありますが、1月14日、令和元年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案が公表されました。

セキュリティトークンに関する改正金商法については、昨年5月末に成立、6月7日に公布され(施行日は公布日から1年以内)、セキュリティトークンが原則、厳しい開示規制が課される1項有価証券扱いとなることが明記されました。

但し該当条文において、「流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定める」トークンについては、1項有価証券扱いの適用除外となり、規制の緩やかな2項有価証券扱いとなる旨も定められたため、その内閣府令の内容(適用除外要件)が関係者間で注目されていました。

今回の記事では、この適用除外要件の内容及びその背景、それらが実務に与える影響について説明したいと思います。なお厳密に言うと、金商法で定義された「電子記録移転権利」と比較してセキュリティトークンはより広い概念を含むものですが、この記事では特に言及されていない限り同じ意味を持つ用語として使用させて頂きます。

セキュリティートークン・STOのメリット等

セキュリティトークン及びそれを利用した資金調達手段であるSTO(セキュリティ・トークン・オファリング)のメリットとしては、ブロックチェーン・スマートコントラクト等のデジタル技術を活用して、既存の手続きを効率化することにより、発行・管理コストを削減できることが挙げられます。

そしてこのコスト削減により、これまでは費用対効果の観点から証券化が難しかった資産・プロジェクト等(小型不動産、エンタメ・スポーツ等のファンビジネス等)を裏付けとした、多様な商品の開発・提供が期待されています。

従って、実務においては「STOを利用することによりどれだけのコスト削減が見込めるか?」が大きな関心事項でありますが、セキュリティトークンが1項有価証券扱い又は2項有価証券扱いとなるかによって、その開示手続き・関連コスト(有価証券届出書の作成・開示、継続的な有価証券報告書の開示)は大きく変わります(下記表1参照)。
このような事由を背景として、各業界のSTO関係者から、1項有価証券扱いと2項有価証券扱いの区分基準となる適用除外要件の内容が注目され、その公表が昨年来待たれていました。

【表1:開示規制概要】

※総額が1億円未満の場合の少額免除(開示免除)制度あり

内閣府令(適用除外要件)の内容

今回公表された内閣府令(金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令第九条の二)案における、適用除外要件は下記のとおりです。

(1)電子記録移転権利の移転の際は発行者の承諾が必要 かつ(2)保有者が以下の者に限られていること(主要な要件を抜粋)

➀適格機関投資家

➁資本金5,000万円以上の法人、外国法人等(金商法施行令第17条の十二第一項第一号から第十一号まで又は第十三号に該当する者)

➂金融資産及び暗号資産の合計残高が1億円以上かつ証券口座開設後1年経過した個人

上記要件のうち(1)及び(2)①②については、販売会社(金商業者)において要件を満たしているかの確認は比較的容易ですが、③については要件が金融資産(預金・有価証券等)と暗号資産にまたがっているので、その確認方法はどうなるんだろう?という疑問が残ります。例えば「自分は証券口座に残高はほとんどないけど、ビットコインを1億円以上持っているからSTOに応募させてくれ」と言ってくるような個人投資家に対し、販売会社はどのように対応すれば良いのでしょうか?

これらの実務対応については内閣府令には明記されていないものの(「取引の状況その他の事情から合理的に判断」とのみ記載)、③の要件が適格機関投資家等特例業務※1の投資家範囲と重なっている以上、当該業務に関する過去のパブコメ※2に記載されている対応(自己申告のみでなく顧客が提供した資料等を活用して合理的に判断)が求められる可能性が高いと思われます。

※1 適格機関投資家等の限定した投資家にファンドを販売する際に、金商業の登録をしないで届出のみで行える業務

※2下記パブコメp20に確認方法が記載

https://www.fsa.go.jp/news/27/20160203-1/00.pdf

諸外国の制度との比較

STOについては、日本に先んじて米国・スイス・ドイツ・シンガポール等の諸外国で行われていますが、今回公表された内閣府令案は、これら諸外国の規制と比較して厳しいものなのでしょうか?

本記事ではSTOが最も盛んに行われている米国の制度と比較してみます。米国で有価証券の発行を行う場合、原則、証券取引委員会(SEC)への登録が必要となりますが、この登録手続きは煩雑かつコスト負担が重いため、STOについては登録免除規定の一つであるRegulation D、その中でも特に適格投資家(Accredited Investor)のみ販売可能なRule506(c)を利用して行われる場合が多いです(厳密に言うとRegulation Dは日本における私募規定類似のものなのですが、適用除外要件と同列で比較させて頂きます)。

なお個人が適格投資家として認められる要件は、次のとおりです。

①個人収入20万USD超又は世帯年収30万USD超 又は

②個人または世帯金融資産100万USD超

上記②については今回の内閣府令案と類似する要件ですが、①の収入フローに着目した要件は内閣府令案にはないものです(余談ですが②のようなストック基準で判断する場合、要件を満たすのは高齢層に偏ってしまうので、①類似のフロー基準もあると資産形成層が対象可能となりバランスがとれた構成になると思います)。

ではこれらの要件(米国:適格投資家要件、日本:適用除外要件)を満たす個人は、両国においてどれだけ存在するのでしょう?米国において信頼できるものとしては、少し古いのですがSECのレポートに記載された2013年時の調査によると、約1200万世帯、全米総世帯数の10%弱という数字が出てきます(ここ数年来の米国株の堅調さを考慮すると、この数字は直近ではさらに増加していると思われます)。

https://www.sec.gov/info/smallbus/sbforum112014-gullapalli.pdf

日本においては公式なデータはないものの、野村総合研究所から発表されたレポートによると金融資産1億円以上の要件を満たすのは約127万世帯、日本の総世帯数約5800万(総務省発表2019年資料より)の約2.2%という数字となり、米国とは想定投資家層の厚みにおいて相当な違いがあると言わざるを得ません。

https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2018/cc/1218_1

(余談ですが、日本より想定投資家数が1桁多い米国ですら、現状のセキュリティトークンのセカンダリー市場での日次の出来高は、1銘柄当たり平均数ドル~数千ドルに過ぎないようです。)

Security Token Market Capitalization

今回の内閣府令案の背景

今回の内閣府令案(及び既に公布された改正金商法)の内容を検証する際に参考となる資料として、2018年末に公表された「仮想通貨交換業等に関する研究会報告書」があります。

同研究会及びその報告書については、多くの方が既にご存じだとは思いますが、金融庁の肝いりのもとに有識者が集まり、仮想通貨(暗号資産)関連ビジネスのあり方について検討・提言したものであり、ICOについては、当時詐欺的事案が相次いだことから投資家保護色の強い内容となっています。同報告書を出発点と考えると、今回の内閣府令案の内容が、諸外国の規制と比較して厳しめの内容になったことはある程度は理解できます。

また個人の「金融資産と暗号資産の残高が1億円以上」という要件については、金商法における既存の個人の各種投資家区分要件の中で、一番緩い基準を準用したものです。現時点ではどれだけの利用が見込めるか検討がつかないSTOについて、当局としては、この業務のためだけに新たな基準・概念を導入しづらかったことが推測できます。

【表2:各投資家区分における個人の資産要件】

また、ソーシャルレンディング等を行う金商業2種業者において、行政処分を受ける等の不祥事があったことも、投資家保護色の強い内容となった一因であると思われます。

今回の内閣府令案が実務に及ぼす影響

では今回の内閣府令案の適用除外要件を満たすもの、「機関投資家及び富裕層等にのみ流通可能なトークン」という商品(2項有価証券扱い)は、どれだけの利用が見込めるのでしょう?

上記で述べた通り、その厳しい要件及び想定投資家数等を考慮すると極めて限定的な利用になると思われるため、STOについては適用除外を満たさないセキュリティトークン(1項有価証券扱い)で行われるのが主流になるのではと考えます。

また、1項有価証券扱いとなる場合でも私募を利用すれば開示コストの削減は可能ですが、

①1項有価証券の少人数私募については勧誘者ベースで判断されるためネット経由の募集が実質不可能

②適格機関投資家私募については投資家が限定される

等の理由により、結果として公募の利用が多くなるのではと考えます。

現時点では、トークンをブロックチェーン等の電子情報処理組織に載せたとしても、直ちにコスト削減につながるわけではないので(将来的にSTOを取り巻くプラットフォーム・インフラが整備された際には、発行・管理コストが削減が見込めますが)、当面は開示コストを吸収できるある程度スケールの大きい案件(例:不動産、電子記録移転権利ではないが社債を裏付け)、又は開示義務が免除・軽減される発行額1億円未満の小型案件(例:ファンビジネス)に二極化されることも想定されます。

今後注目すべき事項

今回内閣府令案が公表されたことにより、セキュリティトークンの発行に関する規制はほぼ明らかになりました。

しかし勧誘に関する規制については、法令ではなく今後の作成・公表が予定されている自主規制規則で規定されるため、詳しいことは現時点では何も公表されていません。

なお既存の1項有価証券(株式・社債等)の勧誘規制については、日本証券業協会の自主規制において規定されておりますが(例:未上場株式については適格機関投資家のみ勧誘可)、セキュリティトークンに関する勧誘規制については、現在金商法上の認定団体の取得手続きを進めていることを公表している日本STO協会が中心的な役割を担うことが想定されます。

またセキュリティトークンに関するセカンダリー市場についても、PTSで取り扱う、東証等の取引所で取り扱う、証券会社が相対で売買する等、想定される手段は思いつくものの、現時点ではどれが主流となるのか、詳細は不明です。

結び

個人的にはセキュリティトークン及びSTOについては、既存の手続きを効率化・関連コストを削減することにより、今までにない多様な商品又は資産形成層にもアクセスしやすい小口化商品を生み出すチャンスと捉えていたため、今回の内閣府令案は、個人投資家保護という大義は理解できるものの、ビジネス推進上は厳しい内容になったという印象です。

但し、そのような中でも制度の利用が考えられるユースケースはあると思いますし、自主規制の内容及びセカンダリーのあり方等の現時点では未定のSTO関連事項についても、証券会社傘下のフィンテック会社社員として、今後も継続的にフォローしていくとともに、状況を注視しつつ積極的に関わっていきたいと思います。

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Source: 仮想通貨ニュースサイト
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