アルトコインは本当に不要か、貨幣論と経済学の観点から是非を探る

今回は、アルトコインの存在の必要性について、田上 智裕 氏(@tomohiro_tagami)に解説していただきました。

目次

  1. 基軸通貨から考えるアルトコイン
    1−1. なぜドルが基軸通貨になったのか
    1−2. トリフィンのパラドックス
    1−3. 兌換性と価値交換
  2. 統合と分離の性質から考えるアルトコイン
    2-1. 統合の性質
    2-2. 分離の性質
  3. シニョリッジから考えるアルトコイン
    3-1. シニョリッジの使い道
    3-2. 良貨は悪貨を駆逐する
  4. まとめ

暗号資産の祖であるビットコインに対し、それ以外の暗号資産を総称してアルトコインと呼んでいる。アルトコインに関しては以前より賛否両論あり、「ICOで資金調達するために発行された玩具だ」「全てイーサリアムでいいのでは?」などがよく聞く意見だ。

確かにそれらの意見にも一理あるが、個人的にはアルトコインは必要だと考えている。本稿では、貨幣論と経済学の観点からアルトコインの必要性について考察したい。

なお、本稿ではアルトコインを「ビットコインとイーサリアム以外」として定義する。イーサリアムをアルトコインと呼ぶにはもはや相応しくなく、ほとんどのアルトコインがイーサリアム上で発行されているためだ。

基軸通貨から考えるアルトコイン

まずは基軸通貨としてのイーサリアムを前提に、アルトコインの必要性について考えていこう。イーサリアム(ETH)は、デジタル世界における基軸通貨となることが予想される。対して、現実世界における基軸通貨といえば米ドル(ドル)だ。

ここでは、この両者を比較することでアルトコインの必要性について触れていこうと思う。なお、「アルトコインが必要」=「デジタル世界の通貨をイーサリアムに統一することはできない」ということを意味する。

ビットコインについては、基軸通貨というより現実世界における金(ゴールド)に近い性質を持っているため、ここではビットコインではなくイーサリアムを軸に考察すべきだろう。

なぜドルが基軸通貨になったのか

前提知識として、ドルが現実世界の基軸通貨となった経緯を説明しておく。

1944年に、金本位制を基にした「ブレトンウッズ体制」と呼ばれる国際通貨体制が構築された。これは「固定相場制」とも呼ばれ、金1トロイオンス=35ドルという平価でドルの価値を定義したものである。

このレートに対して各国は為替レートを設定する。これにより、ドルが現実世界の基軸通貨としての第一歩をスタートさせたのだ。日本でも、第二次世界大戦後に実施されたGHQの物価安定および緊縮財政政策「ドッジ・ライン」により、1ドル=360円の固定相場制に移行している。

なお、なぜドルだったのかについては、当時アメリカが圧倒的な軍事力を有していたからという理由で十分に説明できるだろう。

ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制は30年ほどで終わりを迎えるが、このときに起こった問題がデジタル世界における基軸通貨としてのイーサリアムでも起こりうると考えている。

トリフィンのパラドックス

基軸通貨が抱える問題は大きく2つあげられる。1つ目は、供給量と貿易赤字の問題についてだ。

圧倒的な軍事力を背景に基軸通貨に上り詰めたドルだが、ドルが基軸通貨として存在し続けるにはそのドルの価値を信じ続けてもらう必要がある。そんなドルを現実世界における国際決済のシーンなどで使用するには、十分な量のドルが世界中に供給されなければならない。

これは、アメリカの国際収支が赤字である必要があることを意味する。必要があるというよりは、国際収支が黒字の状態はドルが国内に多く存在することを意味するため、世界中にドルを供給していると必然的に貿易赤字になるのだ。

ここに矛盾が発生する。「トリフィンのパラドックス」と呼ばれるこの現象は、世界中に供給されることで価値を信用される基軸通貨が、貿易赤字によって信用を失うという現象を指摘したものだ。

兌換性と価値交換

2つ目は金兌換について。当時はドルが唯一、金との兌換性を持っていた。1960年代はアメリカが著しい経済成長を遂げた一方で、世界各国でも急激な経済成長が実現されている。

この時代に発生したのが、約20年続いたベトナム戦争だ。この長期にわたる戦争や貿易戦争でアメリカは国力を失い、国際収支が悪化した。これに伴い、アメリカへの信用が失われ、ドルではなく金で保有したいと考えるようになる国が相次いだのである。

その結果、金兌換に耐えられなくなったアメリカは1971年にかの有名な「ニクソン・ショック」を宣言し、世界は変動相場制に移行することになった。

イーサリアムは金兌換ではないため、同様の現象がそのまま生じることはない。しかしながら、ここでいえることは基軸通貨として抱える問題は同じだということだ。要するに、イーサリアムだけでデジタル世界の価値交換を実現することはできず、局所的にアルトコインが必要になるといえるのではないだろうか。

統合と分離の性質から考えるアルトコイン

次に、通貨の性質を踏まえてアルトコインの必要性について考察する。通貨には、「統合」と「分離」の性質が備わっている。

統合の性質とは、文字通り全ての通貨を統一して世界でただ一つの通貨を作り上げようとする動きだ。一方で分離の性質とは、より多くの通貨を作り出そうとする動きを意味する。

分離の性質こそがアルトコインの必要性の根拠となるものだが、統合の性質についても少し触れておこうと思う。

統合の性質

通貨を統合しようとする動きが生じる理由は様々だ。最もわかりやすいのは「ネットワーク効果」と呼ばれる力学だろう。

ネットワーク効果とは、多くの人が同じものを使用することで便益を増大させることができる現象のことを意味する。Webサービスを立ち上げる際などによく使用される言葉だが、由来は経済学にある。貨幣論ではこれを「一般的受容性」とも呼んでいる。通貨が統合されることでネットワーク効果ないし一般的受容性が高まるのだ。

例えば、貿易や海外旅行の際に使用する通貨が統合されていれば、いちいち両替する必要がなくなる。また為替手数料も発生せず、為替レートを気にする必要もなくなるだろう。

また、隣国同士が互いに密接な経済関係にある場合にも、通貨を統合させるメリットは大きい。人々や商品の移動が自由に発生する国同士であれば、仮にインフレないしデフレが発生した場合に独立して対処せず協力して対処した方が良い結果になることが少なくないからだ。

こうして1999年に誕生したのが、EU(欧州連合)における共通通貨ユーロである。

分離の性質

通貨が統一される一方で国境が存在し続ける限り、国の違いを通貨で吸収したいという状況は発生し得る。例えば、特定の国でインフレが発生し物価が高騰する場合には、通貨は統合しない方が良いといえるだろう。

通貨が統合されている場合、他国の経済動向の影響を受けやすくなってしまうからだ。自国で通貨を発行するメリットとしては、貨幣価値の変動による影響を自国の問題として対処することができる点にある。

実際、2009年にはEU加盟国であるギリシャに財政危機が到来し、他の加盟国がギリシャへの財政支援に追われた。ギリシャの財政危機を放置しておくと、ユーロの信頼が損なわれてしまうからだ。

仮に通貨が分離されていた場合、ギリシャの財政危機はギリシャの問題として対処されることになる。しかしながら、統合された通貨圏内にいたために他国がギリシャの財政危機を支援しなければならない事態となったのだ。

ギリシャ以外にも、ユーロ圏において特に財政状況の厳しいポルトガルやアイルランド、イタリア、スペインが同様の可能性を抱えている。これら5ヵ国は、国名の頭文字を取ってPIIGSと表現されているぐらいだ。

いずれは、2020年末に完了したブレグジット(イギリスのEU脱退)のように、EUから脱退したいという国が出てきてもおかしくはないだろう。

これが1つ目の分離の性質からみるアルトコインの必要性だ。つまり、アルトコインが消滅しイーサリアムのみとなった場合、イーサリアムで起きたマイナスの出来事がデジタル世界に途轍もない被害をもたらすことになる。

2つ目は、シニョリッジ(通貨発行益)だ。アルトコインの必要性の中ではこのシニョリッジが最もな根拠となるため、この後詳しく考察したいと思う。

シニョリッジから考えるアルトコイン

アルトコインが実現したことの最たるものとして、このシニョリッジを享受できるようになった点があげられる。これまで通貨というものは各国の中央銀行が独占的に発行し、それによって発生する便益、すなわちシニョリッジを得ていた。

シニョリッジの使い道

しかしながら、シニョリッジの使い道は人によって様々だと考えられる。国家であれば公共財や福祉への投資に使用する一方、企業や地方自治体であれば特定の範囲内で使用したいと考えるだろう。

そうした企業や地域、個人からの要求を満たすには、通貨は分離していた方が良いのだ。ただし、現在のように無数のアルトコインが乱立している状態が良いということではない。

通貨というのは一定の範囲内(コミュニティ)で使用される価値交換の手段であるため、これが細分化されすぎるということは経済全体が細分化されすぎるということを意味するからだ。

良貨は悪貨を駆逐する

なお、シニョリッジを得るために乱立したアルトコインの様子からは、フリードリヒ・ハイエクが提唱した通貨発行における自由と競争の理論が想像される。これは、「悪貨は良貨を駆逐する」で有名なトーマス・グレシャムの法則に対する形で、「良貨は悪貨を駆逐する」と表現できる。

つまり、シニョリッジによって誕生したアルトコインの乱立が、自由と競争を呼び、より優れたアルトコインが生き残るようになるということだ。アダム・スミスの言葉を借りれば、神の見えざる手によって不要なアルトコインは自然淘汰されていくといえるだろう。

そして、淘汰されないために発行体は必死に価値を高めるための努力を続ける動機を持つようになる。シニョリッジがあるからこそ、結果的に良いサービス・プロダクトを提供し続けようとするインセンティブになるのだ。

まとめ

本項では、アルトコインの必要性について「基軸通貨」「通貨の性質」「シニョリッジ」という3つをテーマに考察した。

なお、暗号資産はそもそも通貨といえるのかという指摘については最もであり、個人的にも賛同している。そのため、貨幣論の観点からアルトコインについて考察するのは無理がある部分も認めるが、特にシニョリッジについてはアルトコインの誕生によってその重要性を改めて認識した意味合いが強いと感じている。

そういった意味で、暗号資産のもたらしたものは大きく、今後も新たなアルトコインが誕生しては淘汰されの繰り返しが続くだろう。

Source: 仮想通貨の最新情報BTCN | ビットコインニュース
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