IP-NFTを活用した医薬品開発
今回は、Web3.0とDAOをテーマに事業を行うFracton Ventures株式会社の伊山京助 氏から寄稿いただいたコラムをご紹介します。
目次
2022年2月9日にa16zが公開した「A Guide to DeSci, the Latest Web3 Movement」というタイトルの記事を中心に、Decentralized Science(DeSci:分散型サイエンス)という概念が台頭しつつあります。
DeSciはスマートコントラクトやトークンなどのブロックチェーンツールを活用することで、これまで仲介業者が握っていた所有権を解放し、資金調達の方法を一新するという大きなムーブメントの中にあります。特に現在はバイオテクノロジーに焦点を当てたDAOが多く設立されています。
今回はそのうちの一つであるMoleculeやVitaDAOで行われているIP-NFTを活用した医薬品開発についてご紹介します。
VitaDAO、Moleculeとは?
MoleculeやVitaDAOはDeSciに関する分散型自律組織のひとつです。
Moleculeは患者である一般市民、研究者、投資家という三者が一つのコミュニティを組成し、技術特許を共同で所有し管理することで医薬品開発のステークホルダーになることを可能にしています。Moleculeはこれまで250以上の研究プロジェクトに資金提供しており、1,000万ドル以上の資産を持った3つのバイオDAOを抱えています。
このうちの一つがVitaDAOです。VitaDAOは長寿研究に焦点を当てており、研究データや技術特許を寄付し、VITAトークンを所有することでVitaDAOのガバナンスやIP等のデータを管理できます。VitaDAOはこれまで30以上の研究プロジェクトに対し、150万ドル以上の資金を提供しています。
医薬品開発の背景
世界のバイオ医薬品における初期研究は慢性的な資金不足に悩まされており、医薬品開発サイクルの初期段階で研究が中止されることも多々あります。研究者が資金の獲得に苦労している理由は3つあります。
- 研究に関連する資金提供者とのつながりが欠如していること
- 特許IPを取り巻くライセンス契約などの取引は複雑であり、法的支援が必要なこと
- 資金提供者と研究者の両方が初期段階の研究の価値を評価し、決定することが難しいこと
助成金は主に税金で賄われており、この助成金を獲得した研究者は技術特許をとるため研究に没頭します。しかし、医薬品開発には「死の谷」と呼ばれる製品化され市場に出るまでの長いフェーズがあります。特に大学での研究開発は顕著であり、発見の大部分が死の谷を乗り越えられていません。
調査によると、オーストラリアの生物医学研究者285人は助成金を獲得するために平均で38日を要していることが分かりました。また米国では米国国立衛生研究所(NIH)からの助成金が主流ですが、この採択率は年々低下しており、20%以下となっています。
もし死の谷を乗り越える上で技術特許を獲得することができた場合、民間の製薬会社によって買収されることが多く、これは研究者にとっては大きなマネタイズポイントとなり目標となっています。
しかし、患者となりうる国民にとっては技術を民間企業によってクローズドにされることにより高額な医療費を払うことへとつながる可能性が高いことが分かっています。つまり国民は研究の助成金のための納税と、民間企業が開発した医薬品の2回にわたってお金を払っていることになります。
これを解決するために研究者が会社を興し、起業することによって技術取得者と医薬品開発者を統合するという方法が考えられます。しかし、多くの研究者は学術的なポストを離れることを望んでおらず、研究者としてあり続けることを望んでいます。さらに多くの学術研究者と資金提供者との間では、法務面、評価面、デューデリジェンスの側面において様々な課題を抱えていることが多いため、死の谷を乗り越えられないことがしばしば起きます。
以上を解決するためには、最終的な薬品の受益者となる一般市民が資金提供等の様々な点において貢献することが求められています。しかし一般市民が資金提供者となり技術特許を複数人で管理するためにはどのようにすればよいのでしょうか?この解決策として本記事ではIP-NFTをご紹介いたします。
IP-NFTを活用した医薬品開発
医薬品開発におけるIP-NFTとは、研究プロジェクトにおける技術特許をNFT化したものであり、研究資金の受け入れをよりスムーズにし、一般市民による分散的な研究への関与を促進するためのものです。
このIP-NFTは3つの重要な問題をクリアする必要があります。まず一つ目にプライバシーに関する問題です。IP-NFTの所有者はIPに関する情報にアクセスすることができますが、所有者以外の人々に情報がハッキングされないように注意する必要があります。二つ目に、IP-NFTの流動性に関する問題です。取引日、所有権、価格などの取引メタデータをオープンにし、一般の人々が誰でも検証できるようにしておく必要があります。三つ目に、取引履歴とメタデータ情報の永続性に関する問題です。これらの情報が永続的に閲覧できることによって、信頼性と透明性を確保する必要があります。
例えばMoleculeでは上記の条件をクリアするために、データ共有のためのプロトコルであるNeverminedを実装しています。これはNFTホルダーのゲートウェイ的な役割を果たし、アクセス管理をすることができます。また、NFTはイーサリアムチェーン上でmintされており、ERC721とERC1155どちらでも選択できるようになっています。他にもメタデータストレージレイヤーとしてArweaveが採用されています。Arweaveは永続的な分散ストレージレイヤーであり、オフチェーンで関連データを保存し、アクセスを可能にしています。また、Arweaveに関しては以前の寄稿でも扱っているので詳しくはそちらを参照ください。
IP-NFTを使用することによって、下記のようなメリットを享受することができます。
- 研究者は早期に特許を取得したり、スタートアップを設立したりすることなく資金調達をすることができる
- 患者となりうる一般市民と直接的に関わることができ、また他の研究者と協力してオープンサイエンスを推進し注目を集めることができる
- データアクセスを制御しながら研究課題を共有することができる
- マーケットプレイスを活用した新たな資金調達やマネタイズに関する戦略を構築することができる
IP-NFTの事例:FRENS
医薬品開発におけるIP-NFTの事例としてVitaDAOのMorten Scheibye Knudsen IP-NFT(MSK IP-NFT)で活用されている「FRENS」を紹介します。FRENSは、Fair、Reasonable、Ethical、Non-Discriminatory、Sublicenseの略です。FRENSの目標は、医薬品開発をよりソフトウェア開発に近づけ、オープンソースライセンスがさらなる医薬品開発の推進に役立つようにすることです。
親IP-NFTであるMSK IP-NFTから100の分割されたMSK IP-NFTが作成され、オークションにかけられます。MSK IP-NFTの価格は25万ドルであったため、MSK IP-NFTの開始価格は2,500ドル(MSK IP-NFTの1/100)となっています。このMSK IP-NFTを所有することは、所有者が親IPのライセンスを保持することを意味します。
MSK IP-NFTの所有者はIPを使用して製品を販売することができるという点でフェアであり、MSK IP-NFTの合計価格が親IPと同価格になるという点で合理的と言えます。また倫理という観点では、MSK IP-NFT所有者は親IPが得た利益を受け取る権利があることや、MSK IP-NFT所有者のうち非倫理的な者がいた場合、IPはオープンソースとなり、この非倫理的な者に対して法的措置をとることができるということがあります。さらに法人以外は、身分に関係なくあらゆる人々がMSK IP-NFTを所有できるという点で非差別的と言えます。
まとめ
今回はIP-NFTを活用した医薬品開発について具体例とともにご紹介しました。筆者を含め、これまで民間企業による特許の独占や、これに伴う高額な医療費について危機感を感じていない方が多かったのではないかと思います。上記で紹介したIP-NFTを活用した医薬品開発事例はまだ始まったばかりですが、これが成功事例となることによる影響力は他の研究分野にも及ぶと考えられます。一般市民、研究者、投資家、企業が一体となり、科学が世界の公共財へと導かれる未来は近いのかもしれません。
【参照記事】FRENS: A Generalizable Legal Framework for Fractionalized IP-NFTs
【参照記事】Molecule’s Biopharma IP-NFTs — A Technical Description
【参照記事】An Open Bazaar for Drug Development: Molecule Protocol
【参照記事】IP-NFTs for Researchers: A New Biomedical Funding Paradigm
【参照記事】Announcing the first biopharma IP-NFT Transaction
【参照記事】Vita DAOによる長寿治療の研究と資金調達、商業化の推進プロセスとは
ディスクレーマー:なお、NFTと呼ばれる属性の内、発行種類や発行形式によって法令上の扱いが異なる場合がございます。詳しくはブロックチェーン・暗号資産分野にお詳しい弁護士などにご確認ください。
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Source: 仮想通貨の最新情報BTCN | ビットコインニュース
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