VC投資の新たなトレンド「ディープテック」とは?最先端の科学・工学技術で社会問題の解決する欧米スタートアップを紹介
「ディープテック(Deep Tech)」は、最先端の科学・工学技術を駆使して広範囲な社会問題の解決と持続可能な未来に取り組んでいます。ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達額が25兆円を超えるなど、そのポテンシャルへの期待が高まる一方で、「ディープテックと従来の先端技術の違いがよく分からない」という声も耳にします。
そこで本稿では、多岐にわたる分野で注目を集めるディープテックの背景と投資動向、欧米スタートアップ事例についてレポートします。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年7月31日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
目次
- ディープテックとは?
1-1.ディープテックの定義
1-2.従来のテクノロジー企業との違い - 注目が高まっている理由
- VCからの資金調達が急増
- 欧米ディープテック・スタートアップ3社
4-1.リチウムイオン電池の高速充電速度・高容量・長寿命を実現 Breathe Battery Technologies(英国)
4-2.スーパーコンピューターに特化した省エネ・高性能マイクロプロセッサ SiPearl(フランス)
4-3.スマホから2分以内に総合健康診断 Youth Health Tech(米国) - まとめ
1.ディープテックとは?
日本語で「深層技術」を意味するディープテックは、複雑なテクノロジーを表現する用語として数十年前から使用されていました。
より具体的に技術革新を指す用語として広がったのは、米オルタナティブ投資プラットフォームPropel(x)の設立者兼CEOであるスワティ・チャトゥルヴェディ氏が、ディープテックの定義を具体化した2014年以降です。同氏は、ライフサイエンス、エネルギー、クリーンテクノロジー、コンピューターサイエンス、マテリアル(材料)、化学分野のスタートアップと他のハイテク企業を差別化する目的で、ディープテックという用語を用いたそうです。
1-1.ディープテックの定義
ここでは、チャトゥルヴェディ氏による定義を要約して紹介します。
ディープテックとは、商品・サービスの開発を介して地球規模の重要課題を解決することを目標とする、科学的発見や意義のある工学的革新に基づいて設立された企業を指します。ディープテックのビジネスモデルは、AI(人工知能)や量子コンピュータ、クリーンエネルギー、ゲノム編集、ナノテクノロジー、IoT(モノのインターネット)、センサーなどの最先端技術を活用し、さらに革新的な技術や商品・サービスを生み出して成長して行く点が特徴です。
具体例として、癌と闘う新しい医療機器・技術、作物栽培の効率化を図るための農業用データ分析、気候変動への影響の軽減を目指すクリーンエネルギー・ソリューションなどが挙げられます。
1-2.従来のテクノロジー企業との違い
従来のテクノロジー企業も同様の最先端技術を活用した商品・サービスを提供していますが、その多くはあくまで既存のテクノロジーを活用したビジネスモデルへの革新や、既存の商品・サービスのデジタル化などを目指すものです。輸送ビジネスを例に挙げると、自動運転車(AV)や空飛ぶ車などを開発している企業はディープテックに該当します。
一方、Uber(ウーバー)はシェアリング・エコノミーというビジネスモデルの革新に基づいて設立された企業であるため、ディープテックには該当しないということになります。参照:LinkedIn「So What Exactly is ‘Deep Technology’?」
2.注目が高まっている理由
近年、ディープテックへの注目が急速に高まっているのには、技術革新の加速、気候変動、資源不足、人口変動といった様々な理由があります。例えば、スーパーコンピューターやビッグデータ、AI技術の進化がディープテックの成長を支える一方で、スタートアップと大学・研究機関との提携、政府・公共機関・インキュベーター・アクセラレーターの支援拡大など、エコシステムが急速に発展していることが大きな追い風となっています。
また、社会問題の解決に取り組みながらイノベーションを促進するディープテックのアプローチは、サステナビリティやESG(環境・社会・ガバナンス)の概念とも共通しています。
3.VCからの資金調達が急増
一方で、長期的な成長と高リターンが期待できる投資対象としての認識も広がりつつあります。そもそもディープテックのプロジェクトは複雑なものが多く、研究開発に相当の時間と資金を要します。実用化までに多数の不確定要素が存在し、商業的な成功を収める保証もありません。
そのため、リスクの高い投資対象と見なされる傾向があり、初期資金の確保が困難とされています。しかし、実際には、投資対象としても高い実績を上げていることを示すデータがあります。
国際コンサルティング企業Boston Consulting Groupが2023年11月に発表したレポート『An Investor’s Guide to Deep Tech(投資家のためのディープテック・ガイド)』によると、ディープテック企業がベンチャー・キャピタル(VC)から調達した資金は2021年に1,600億ドル(約25兆1,970億円)を記録しました。金利上昇が重しとなり、2022~2023年上半期は大幅に減少しましたが、ディープテックへの投資がVC資金に占める割合は過去10年間で約10%増加し、2019年以降は20%を維持しています。
一方で、多数のディープテック企業が1億ドル(約157億4,814万円)を超える資金を調達したり、10億ドル(約1,574億8,139万円)規模の投資が珍しくなくなるなど、投資規模も著しく拡大しています。ただし、「伝統的ファンドとディープテックに特化したファンドの内部収益率(投資した元金をどれぐらいの期間で回収できるのか、時間的な価値を考慮して数値化した指標)」が、ほぼ同じ水準であるという興味深い分析結果も報告されています。
参照:BCG「An Investor’s Guide to Deep Tech」
4.欧米ディープテック・スタートアップ3社
ディープテックのエコシステムは世界的に急拡大しており、関連スタートアップが続々と市場に参入しています。正確な数字は公表されていないものの、米国・中国と並ぶディープテックハブの一つである英国だけでも推定およそ3,500社の関連スタートアップが存在します。以下、欧米の事例を見てみましょう。
参照:Tech EU「The UK is home to nearly 3,500 active deeptech companies」
4-1.リチウムイオン電池の高速充電速度・高容量・長寿命を実現「Breathe Battery Technologies」
エネルギー密度・充放電エネルギー効率に優れているなどメリットの多いリチウムイオン電池ですが、デメリットもあります。化学的劣化による容量・性能の低下もその一つです。
ロンドンを拠点とするBreathe Battery Technologies(ブリーズ・バッテリー・テクノロジー)は、リチウム電池内部の電気化学状態(充電状態・正常性状態)に着目しました。充電状態に応じてリアルタイムで電流を制御することにより、エネルギー密度を低下させずに充電を高速化し、バッテリーの寿命を大幅に延ばす技術を開発しました。
ケーススタディではEVバッテリーの充電時間が最大30%短縮され、スマホのバッテリーは4年後も80%の容量を維持していたことが立証されたほか、電気化学状態を精密に可視化できる同社のプラットフォーム「PHIX2」で特許を取得しています。2019年にインペリアル・カレッジ・ロンドンのスピンオフとして設立された同社は、Volvo(ボルボ)やOppo(オッポ)とパートナーシップを結んでおり、2023年10月のシリーズA資金調達ラウンドではカーボン削減プロジェクトに特化した米VC、Lowercarbon Capital(ローワーカーボン・キャピタル)などから1,000万ドル(約15億7,519万円)を調達しました。
参照:Breathe Battery Technologies「Breathe Battery Technologies」
参照:Speedinvest「How Breathe Battery Technologies Is Making Batteries Better」
参照:Imperial「Volvo’s electric cars to charge up to 30% faster thanks to spinout’s software」
4-2.スーパーコンピューターに特化した省エネ・高性能マイクロプロセッサ「SiPearl」
超高速・大規模な計算能力を持つスーパーコンピューターは、従来のコンピューターでは対応できない複雑な科学技術計算・データ解析・シミュレーションに活用されており、気候変動の分析・予測から医学研究・エネルギー管理・エンジニアリングの設計まで、多様な分野のイノベーションを支えています。
しかし、より広範囲な普及に向けて、大量の電力消費などの課題も横たわります。パリ近郊のメゾン=ラフィットを拠点とするSiPearl(サイパール)は、世界初のエネルギー効率に優れた高性能マイクロプロセッサ「Rhea(レア)」を開発しています。Rheaはエクサススケール・コンピューティング(1秒間に数十億回の演算を実行し、大規模なデータ処理・分析に対応可能なスーパーコンピューター)・AI推論に特化しており、膨大な量のデータを僅かなエネルギーで1秒以内に処理することが可能です。
同社の技術はCO2の排出量削減を含む様々な環境・社会問題の解決だけではなく、欧州のハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラの強化にも貢献すると期待されています。同社は、欧州における高性能・低消費電力マイクロプロセッサの開発に取り組むコンソーシアム、European Processor Initiative(欧州プロセッサ・イニシアチブ:EPI)のプロジェクトの一環として2019年に設立されました。
2023年5月のシリーズA(事業をスケールアップすることを目的とする資金調達ラウンド)第1クロージングでは、European Innovation Councilなどから総額9,000万ユーロ(約154億4,095万円)を獲得しました。
参照:Design&Reuse「SiPearl: Initial closing of Series A with €90m financing to launch Rhea, the energy-efficient HPC-dedicated microprocessor」
4-3.スマホから2分以内に総合健康診断「Youth Health Tech」
16世紀のオランダの宗教改革に大いなる影響を与えた人物学者、デジデリウス・エラスムスの格言の一つに、「予防に勝る治療なし」という言葉があります。世界の平均寿命が延び続けている近年、まさに予防医療は健康寿命の延長や経済成長に欠かせない重要課題となっています。
例えば、英国保健省はより多くの英国民がエビデンスに基づく健康づくり・疾患病などの予防を心掛けることにより、1人あたりの健康寿命を年間20日延ばし、健康障害を33%削減する一方で、今後20年間のGDP(国内総生産)を3,200億ポンド(約65兆1,547億円)増加できると試算しています。
参照:「Making prevention everyone’s business: a transformational approach to personalised prevention in England」
2023年にベルリンで設立され、現在はニューヨークに本社を構えるYouth Health Tech(ユース・ヘルス・テック)は、スマートフォンから収集したデータと機械学習技術を活用し、誰でも簡単に予防医療を受けられるサービスを提供しています。同社のアプリはユーザーの顔写真・動画・音声から呼吸器・心臓血管・脳・代謝・皮膚・メンタルを含む総合的な健康状態を2分以内にスクリーニングし、疾患の初期兆候などを検出。ユーザーは診断結果に基づいてカスタマイズされた予防プランに従って適切な治療を受けたり生活習慣を改善することにより、長期的な健康維持を目指すことができます。
同アプリは、米規制当局から承認を取得した、検出精度90%以上を誇るバイオマーカー(特定の疾患の有無、病状の変化や治療効果を判定するための検査項目・生体内の物質のこと)技術を採用しているほか、欧米トップクラスの病院・大学と提携して開発されました。
2023年7月のシードラウンドでは、シンガポールのVC、Antler(アントラー)などから18万8,000ドル(約2,961万円)を調達しました。
参照:LinkedIn「YOUTH HealthTech」
参照:Youth Health Tech「Youth Health Tech」
参照:Pitch Book「Youth Health Tech」
5.まとめ
ディープテックは技術的難易度・資金調達・市場の不確実性・規制といった課題に直面している一方で、技術革新・社会問題の解決・産業のデジタルトランスフォーメーション・新興市場の開拓など、多様な領域において無限のポテンシャルを秘めています。
持続可能な社会の実現のカギを握る重要な要素として、今後さらなる進展が期待できるでしょう。
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