「カーボンクレジット高品質利用ガイドライン」IETAの新指針とその重要性
一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12)に解説していただきました。
目次
- IETA(国際排出取引協会)とは
1-1.IETA(国際排出取引協会)の概要
1-2.IETA(国際排出取引協会)の活動内容 - IETAのカーボンクレジットのガイドライン
2-1.ガイドラインを策定した背景
2-2.2022年版ガイドラインの概要
2-3.最新版ガイドラインの概要 - 最新版ガイドラインの内容
3-1.パリ協定の目標を支持する
3-2.スコープ1、2、3の排出プロファイルの定量化と公開
3-3.ネットゼロ脱炭素化への道筋と短期目標の確立
3-4.緩和階層に則ったカーボンクレジットの使用
3-5.カーボンクレジットの品質を担保する
3-6.カーボンクレジットの使用を透明に開示する - まとめ
温室効果ガスの排出削減量を企業間で売買することが可能な「カーボンクレジット」の仕組みは、脱炭素社会実現に向けた効果的な手段の一つとして、世界中で広く浸透しています。
そんな中、国際的な「ボランタリー・カーボン市場(VCM)」における主要なロビー団体「IETA(国際排出取引協会)」は、2024年4月、イタリア・フィレンツェで開催された「ヨーロッパ気候サミット」において、「カーボンクレジットの高品質利用のためのガイドライン」を発表しました。このガイドラインは、「パリ協定」の目標達成を目指し、企業がカーボンクレジットの使用をどのように考慮すべきかという点について、明確な指針を提供するものとなっており、カーボンクレジット市場に新たな方向性を示すものとして関心を集めています。
そこで今回は、発表されて間もないIETAの「カーボンクレジットの高品質利用のためのガイドライン」について、その概要や詳しい内容などを解説していきます。
①IETA(国際排出取引協会)とは
1-1.IETA(国際排出取引協会)の概要
「IETA(The International Emissions Trading Association)」とは、日本語で「国際排出取引協会」と訳される機関で、排出量取引の促進を目的とした国際的な非営利団体です。1999年6月に設立されて以来、IETAには企業や金融機関、NGO(非政府組織)、法律事務所など、世界中のさまざまな業界のメンバーが参加しています。
IETAはカーボンクレジット市場の最適化を進めることで「パリ協定」の目標を達成し、2050年までにネットゼロ排出量を達成することをビジョンとして掲げているほか、企業の気候変動対策への取り組みやネットゼロの追求をサポートすること、国境を越えて、一貫した温室効果ガスの排出および削減のための市場ベースの取引システムを確立することなどをミッションとして掲げています。IETAは2000年6月にスイス政府から非営利団体の法的地位を取得しており、2000年10月には「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)」の「非政府組織認証」を受けているなど、国際的にも権威のある団体として知られています。
IETAはメンバーシップ組織であり、18人の取締役のうち半数は毎年選出されています。IETAに参加しているすべてのメンバーが年次総会および臨時総会において1票を保有しており、これによって取締役を選出する仕組みとなっています。2024年7月時点においては、日本からは「株式会社三井物産戦略研究所」の本郷尚氏が取締役として在籍しています。
このように、IETAは市場ベースの気候変動ソリューションおよびネットゼロの推進において、リーダー的役割を果たしており、今回新たに発表されたカーボンクレジットのガイドラインに対しても、注目が集まっています。
1-2.IETA(国際排出取引協会)の活動内容
IETAの主な活動内容は、下記の通りです。
①市場メカニズムの推進
IETAは、市場メカニズムを利用して温室効果ガスの排出を削減する取り組みを推進しています。
具体的には、カーボンクレジット市場を通じて企業が排出削減目標を達成し、サスティナブルな経済成長を実現できるようにサポートしており、この取り組みによって、企業はコスト効率よく排出削減を達成することが可能です。
②政策提言
IETAは、世界の政策決定者に対して、効果的な排出量取引制度の設計と実施に関する提言を行っています。
これには、炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる「カーボンプライシング」や、排出量取引制度の一つで、企業に排出量の上限(キャップ)を設け、余剰排出量や不足排出量を売買する「キャップアンドトレード制度」の導入、クレジット制度の整備などが含まれており、IETAは各国政府や国際機関と連携することによって、グローバルな排出削減の取り組みを促進しています。
③メンバーシップのサポート
前述した通り、IETAは企業や金融機関、NGO、法律事務所など、さまざまな業界のメンバーが参加する組織となっており、メンバーに対して、最新の情報提供やネットワークを提供し、排出量取引に関する専門知識を高めるサポートを行っています。
④教育と情報提供
IETAは、排出量取引や気候政策に関する教育プログラムおよびイベントを開催しており、広く知識を共有することを目的として、セミナーやワークショップ、ウェビナーなどを行っています。
また、IETAの定款および内規、競争政策、立場表明文書の作成に関する内部ガイダンスなどもオンラインで公開されており、透明性の高い運営が行われています。
⑤国際協力と連携
IETAは、各国の排出量取引市場の連携を促進し、国際的な排出削減の取り組みをサポートしています。
特に、「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)」や「パリ協定」の目標達成に向けた国際協力を強化しており、グローバルなカーボンマーケットの統合を目指しています。
②IETAのカーボンクレジットのガイドライン
2-1.ガイドラインを策定した背景
2015年にフランス・パリで開かれた「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」において採択された「パリ協定」の目標である「産業革命前の水準から、世界平均気温の上昇を2°C未満に抑え、1.5°C未満に抑える努力をする」には、政府とともに民間部門による早急な取り組みが必要となっています。
しかしその一方で、こうした目標と実際の状況とのギャップは拡大しており、現在の気象現象や気候条件を数値的に再現し、将来の姿を予測する「気候モデリング」によると、世界は3°Cを超える温度上昇に向かっているとも言われています。
そんな中、各国政府の気候変動に関する政策へ向けた科学的基礎や見解の提供を行っている「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、世界が温暖化を1.5°Cに抑えるためには、2024年末までに世界の排出量がピークを迎え、2030年までにほぼ半減しなければならないと述べており、そのためには大規模な温室効果ガスの除去ソリューションを確立することが必要不可欠となっています。
こうした状況を踏まえ、IETAは特に民間部門にとって、カーボンクレジットが非常に効果的な脱炭素化ツールの一つであるとしており、カーボンクレジットに対しての投資は遅れてはならないという考えから、今回のガイドラインを策定するに至りました。
2-2.2022年版ガイドラインの概要
IETAは今回の新たなガイドラインの策定に先立ち、2022年3月にも、カーボンクレジット市場におけるブロックチェーンテクノロジーの利用に関するガイドラインを発表しています。
このガイドラインが作成された背景には、仮想通貨市場の急速な拡大により、カーボンオフセットなどをはじめとする脱炭素関連の動きが一気に台頭してきたことがあり、市場環境の整備が喫緊の課題となっていたことから、国際的なルールの一つとして公表されました。
なお、ガイドライン内で示された具体的な指針は、下記の通りとなっています。
- 信頼性のある基準:
カーボンクレジットとして機能するデジタルトークンは、検証済みで登録されたプロジェクトからのものでなければなりません。その際、これらのプロジェクトは、政府承認のカーボンクレジット制度または一定の基準によって承認を受ける必要があります。 - レジストリ管理:
カーボンクレジットのトークン化を許可できるのは定められた基準によってのみであり、この基準はトークン化の許可という役割を果たすためのシステムを確立している必要があります。 - トークン:
発行および検証されたトークンの中で、未検証や削除済み、またはバーンされたカーボンクレジットについてはトークンとして認定されません。 - 透明性:
すべてのトークン発行者は、顧客の本人確認手続きである「KYC」およびマネーロンダリング対策である「AML」を実行する必要があり、これは消費者保護と透明性確保のために重要となっています。 - 投資家の保護:
発行者は、それぞれのカーボンクレジットが投資に適していること、また、その信頼性について保証しなければなりません。 - ITセキュリティ:
サイバー脅威に対処するために、実証されたセキュリティシステムの使用が必須です。 - クレーム:
削除され、バーンされたクレジットのみがクレームの対象となります。
このように、IETAは、仮想通貨市場の拡大とともにカーボンクレジット市場も急速に発達したことを受け、このようなガイドラインを策定することによって、市場の秩序を守り、公正な取引が可能な環境の確立を目指しました。
2-3.最新版ガイドラインの概要
上記のガイドラインが策定されてからおよそ2年の月日が過ぎた2024年4月、IETAは新たに「カーボンクレジットの高品質利用のためのガイドライン」を発表しました。
このガイドラインはイタリア・フィレンツェで開催された「ヨーロッパ気候サミット」において公表されたもので、パリ協定の目標達成に向けて、企業がカーボンクレジットの使用をどのように考慮すべきかについて、明確な指針が提供されました。
内容としては、主に企業におけるカーボンクレジットの使用例がより詳しく定義されていますが、中でもその使用については、常に社内での排出削減活への取り組みと並行して行われる必要があり、すべての範囲にわたる絶対的な排出の削減を野心的な短・長期目標と合わせて進める必要があると強調しています。
なお、新たなモデリングによると、世界の大企業の約81%がネットゼロ目標を設定していないということで、IETAのアンドレア・アブラハムズ(ANDREA ABRAHAMS)ディレクターは、このガイドラインが、企業が資金を投入し、気候戦略にカーボンクレジットを組み込むための戦略的枠組みを提供するものであるとしているほか、民間部門が果たす役割がますます重要になってくるという見方を示しています。
では、次の項では、最新版ガイドラインの詳しい内容について見ていきましょう。
③最新版ガイドラインの内容
3-1.パリ協定の目標を支持する
IETAは、企業の気候変動対策は、単独のものとしてではなく、パリ協定の目標達成という世界的な目標の一環として捉えるべきであると主張しています。
また、これは共同の目標であり、企業はネットゼロに沿った脱炭素化への道筋の設定、中間目標の達成(未削減の排出に対する補償を含む)、可能な限りの地球経済の脱炭素化への貢献を行っていくべきだとしています。
3-2.スコープ1、2、3の排出プロファイルの定量化と公開
企業が排出量を効果的に管理するためには、まず事業にかかるすべての排出量について、正確に測定する必要があります。
つまり、スコープ1、2、3の排出量を定量化することは、企業が自社の排出量の基準を理解し、排出削減の優先順位と目標設定の方法についてデータと科学的な知見に基づいた意思決定を行うための重要なステップであると言えます。
そこで、IETAは、企業が国際的に認められた基準に従ってスコープ1、2、3の排出量を定量化する必要性を強調しているほか、年次更新または既存の規制に則って、排出量定量化の結果を定期的かつ透明性をもって公開する必要があるとしています。
3-3.ネットゼロ脱炭素化への道筋と短期目標の確立
すべての企業は、パリ協定の目標達成に向けた世界的な脱炭素化努力の一環として、スコープ1、2、3の排出量を削減するためのアクションを起こす必要があり、野心的な目標を設定することは、企業の気候戦略を設計する上で重要なステップとなります。
そこで、企業は排出削減への取り組みとそれに関連するビジネスシーンの支援のために、自主的にビジネスの過程で排出する二酸化炭素の量に「価格付け」を行う「社内炭素価格」を設定するべきだとしています。
なお、ガイドラインでは、この社内炭素価格は高品質クレジットのポートフォリオを開発するための価格ベンチマークの設定に役立つと説明されています。
3-4.緩和階層に則ったカーボンクレジットの使用
脱炭素化における「緩和階層」とは、社内の脱炭素化への削減努力と併せてカーボンクレジットを使用することを推進する枠組みです。
まず、排出量削減の第一ステップは、気候への悪影響を防ぐため、温室効果ガスの排出が最初から発生しないようにすることであり、第二のステップとして、企業は可能な限り排出を削減し、完全には回避できない部分については、環境への影響を最小限に抑えるために、より底炭素な方法への切り替えが必要となります。そして、最終的なステップとして、ネットゼロへの道のりで残存する排出を相殺するためにカーボンクレジットを使用し、オフセットを行います。
このように、IETAでは企業に対して、上記のステップを守りながら、最終手段としてカーボンクレジットを使用することを推奨しています。
3-5.カーボンクレジットの品質を担保する
ボランタリー・カーボン市場(VCM)はその性質上、厳しい規制が施されてされておらず、購入するカーボンクレジットの選択とデューデリジェンスは最終的に買い手の責任となります。
一部の企業は自社で一定の技術力を持っているため、カーボンクレジットを発行しているプロジェクトが特定の品質基準を満たしているかどうか確認することが可能ですが、そうでないケースも多いため、社内のデューデリジェンスに加えて、独立した第三者による認証を受けたカーボンクレジットを調達することが推奨されるとしています。
3-6.カーボンクレジットの使用を透明に開示する
ガイドラインでは、企業はカーボンクレジットの使用を公的かつ透明に開示するべきであるとされています。
具体的には、プロジェクト名、種類、発行年、所在地、クレジットが発行されたプログラムおよび方法論、バーンの目的、レジストリのバーンリストへのリンク、関連するデューデリジェンス措置などの開示が必要とされているほか、カーボンクレジットの社会的および環境的利益とリスクについても報告することが奨励されています。
④まとめ
IETAは、ボランタリー・カーボン市場(VCM)における主要なロビー団体として知られており、これまでにもカーボンクレジット市場の健全な発展を目指して、さまざまな取り組みを行ってきました。そして今回、新たに発表された「カーボンクレジットの高品質利用のためのガイドライン」では、パリ協定の目標達成を目指し、企業がカーボンクレジットの使用をどのように考慮すべきかという点について、明確な指針が提供されています。
カーボンクレジットは、今や企業の脱炭素経営において重要な地位を占める存在となっており、適切に活用することによって、脱炭素効果をより高めることが可能です。しかしその一方で、実態を理解していなかったり、誤った方法で利用してしまうと、地球環境に対して実質的な効果が生み出されていないといった事態も招きかねないため、正しく使用できるよう、この機会に各企業がしっかりとガイドラインに目を通し、自社の脱炭素経営に役立てることができればと思います。
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「カーボンクレジット高品質利用ガイドライン」IETAの新指針とその重要性