次世代インターネットを支える「分散型ID」は84兆円市場に成長する可能性も 欧州スタートアップ3社も紹介
社会のデジタル化が急速に進む中、安全性・透明性の高いデジタル・アイデンティティ(Digital Identity)の確立が重要課題となっています。有力なソリューションの一つとして期待が高まっているのが、ブロックチェーンなどの分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology:DLT)を活用した分散型IDです。その市場規模は2034年までに約84兆円に達すると予想されています。
本稿では、ブロックチェーンの普及拡大に貢献し、Web3(分散型インターネット)のポテンシャルを高める重要な要素としても注目を集めている、分散型IDの最新動向と欧州スタートアップを紹介します。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年9月25日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
目次
- Web3の発展を支える分散型デジタルID
- 分散型IDの仕組みとメリット
- 最新の市場動向と取り組み
3-1.国家デジタルID開発が加速
3-2.米・日では企業の取り組みが加速
3-3.多様化する活用法 - 欧州の分散型IDスタートアップ3社
4-1.Validated ID(スペイン)
4-2.Zkorum(フランス)
4-3.QX(ポーランド) - まとめ
1.Web3の発展を支える分散型デジタルID
ブロックチェーン・DLT技術をアイデンティティの証明に役立てる為の取り組みは、急速に発展している領域です。近年はWeb3の市場成長も追い風となり、政府・行政サービス・金融サービス・ヘルスケア・ゲーム・雇用・サプライチェーンなど、多様な領域における活用法が探究されています。
Web3はブロックチェーン・DLT技術を活用した新しいインターネットの概念で、ユーザーが自分のデータやデジタル資産を管理・所有し、従来の中央集権的なサービスに依存しないインターネット社会の実現を目指しています。分散型ネットワーク上に安全性・信頼性が高く、実用的かつ柔軟なアイデンティティ・システムを構築することは、Web3実現に向けた大きな課題の一つとなっており、分散型IDは極めて重要な役割を担っているのです。
2.分散型IDの仕組みとメリット
分散型IDの基盤となるのは、「自己主権型ID(Self Sovereign Identity:SSI)」や「分散型識別子(DID: Decentralized Identifier)」と呼ばれる技術です。両者の違いについての定義は標準化されていませんが、欧州委員会は「DIDはSSIを実装する為の識別子である」と定義しています。
参照:EIDAS「SUPPORTED SELF-SOVEREIGN IDENTITY」
分散型IDの基本的な仕組を簡単に説明します。ユーザーがDID管理アプリなどを介してDIDを生成し、公開鍵と秘密鍵を取得すると、DIDと公開鍵が分散型ネットワークに登録されます。エンティティによって発行され、公開鍵に紐付けられたクレデンシャル(運転免許証・パスポート・資格証明書など検証可能な個人情報)を分散型デジタル・ウォレットなどに保存します。クレデンシャルを検証者に提示し、必要な情報を直接共有します。
この仕組みによりユーザーが個人情報を完全に自己管理することが可能になり、プライバシーやセキュリティの強化が期待出来るという訳です。その一方で、分散型IDシステムの多くは他のブロックチェーンとの互換性を配慮して開発されている為、単一のIDを異なるブロックチェーン・プラットフォーム間で利用出来るようになります。ユーザーが自分のデータをマーケティング企業などに提供し、収益化出来るといったメリットもあります。
参照:Identity「What Is Decentralized Identity? A Comprehensive Guide」
参照:SEON「Self-Sovereign Identity」
3.最新の市場動向と取り組み
インドの市場調査企業Prophecy Market Insights(プロフェシー・マーケット・インサイツ)によると、世界のSSI市場規模は2024年に16億ドル(約2,277億1,057万円)を超え、2034年には5,890億2,000万ドル(約83兆8,288億円)に達する見込みです。現在、世界中で公的機関・民間企業による大規模なSSIインフラ構築に向けた取り組みが進められていることが、年平均成長率(CAGR)82.50%という飛躍的な成長の原動力になると予想されています。以下、最新の市場動向や取り組みを見てみましょう。
参照:Prophecy Market Insights「Self-Sovereign Identity Market Set to Soar to USD 589.02 Billion by 2034 with 82.50% CAGR: Prophecy Market Insights」
3-1.国家デジタルID開発が加速
市民がオンライン・オフラインの公共・民間サービスで使用出来る国家デジタルIDは、開発・普及が急加速している領域です。既にオランダ・ドイツ・カナダ・日本・シンガポールなどが非分散型デジタルIDシステムを導入している一方で、エストニア・ブラジル・トルコ・アルゼンチン・韓国などはブロックチェーン・ベースの分散型IDの開発・導入を進めています。
参照:Comparitech「Digital IDs: 50 countries ranked by digital ID requirements and use」
一方、EU(欧州連合)は「eIDAS規則(電子取引の安全性・効率性・スピードの向上を目的とするEU規則)」の一環として、EU全域におけるデジタルID及びウォレットの相互運用を目指す数々のプロジェクトを進めています。2019年11月には中小企業・スタートアップへの支援を通してSSIのポテンシャルを探索するプロジェクト「自己主権型ID フレームワークラボ(Self-Sovereign Identity Framework Lab :eSSIF-Lab)」を実施するなど、分散型ネットワークを利用したEUデジタルIDも検討されています。
参照:EU委員会「European Digital Identity」
参照:DID「NGI – ESSIF Lab」
3-2.米・日では企業の取り組みが活発化
米国や日本においては政府主導の大規模な取り組みは本格化していないものの、規制フレームワークを含むソリューションへの支援は高まっています。その一方で、企業や自治体、非営利組織が分散型IDの開発・実証実験を行うといった積極的な動きも見られます。
企業の代表的な取り組みとして、MicrosoftのDID用オープンソース・ネットワーク「ION(Identity Overlay Network)」や、NEC・富士通・三菱UFJなどの20社が2023年10月に発足させた「DID/VC(Decentralized Identifier / Verifiable Credential)共創コンソーシアム」などが挙げられます。
参照:Congress.gov「S.884 – Improving Digital Identity Act of 2023」
参照:Microsoft「ION – We Have Liftoff!」
参照:PR TIMES「分散型ID/デジタル証明書に関するビジネス共創をめざす「DID/VC共創コンソーシアム」の第1期活動報告」
3-3.多様化する活用法
分散型IDの活用は多様な領域に広がっています。現時点においては、行政・民間サービス(本人確認・サービスの利用)、ヘルスケア(本人確認・カルテの共有)、企業(雇用・サプライチェーン管理)、Web3ゲーム内(アイテムなどの所有権の証明)などがあります。いずれも本人確認プロセスの効率性・信頼性、顧客エクスペリエンスの向上が期待されています。
一部では、中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency:CBDC)の実現に役立つとの見方もあり、今後の発展が注視されるところです。
4.欧州の分散型IDスタートアップ3社
分散型ID市場の発展において、スタートアップも重要な役割を果たしています。以下、欧州スタートアップ3社の取り組みを紹介します。
4-1.Web3時代のデジタルID管理ソリューション「Validated ID」
バルセロナを拠点とするValidated ID(ヴァリデーテッドID)は、信頼性と機密性の高いデジタルID・署名検証に特化したブロックチェーン・ソリューションを開発するスタートアップです。
主力商品の一つである「VIDidentity」は自己主権型ID及び資格情報の作成・管理を行うサービスで、世界中のSSIソリューションに対応しています。個人データ(識別子・運転免許証・パスポートなど)をスマートフォンにまとめて保管出来る「VIDwallet」は、Ethereum(イーサリアム)を含む複数のブロックチェーン及びDLTネットワークに対応しており、EU委員会と欧州各国政府が共同設立したブロックチェーン・インフラ・プロジェクト「European Blockchain Services Infrastructure (EBSI)」を準拠する初の分散型ウォレットです。
2019年にオランダの投資ファンドRandstad Innovation Fundが主導した資金調達ラウンドでは、200万ユーロ(約3億1,555万円)を調達しました。世界35カ国320を超えるパートナーと提携し、複数のプロジェクトにも参加するなど、より持続的なデジタル環境の実現に取り組んでいます。
参照:Validated ID「Validated ID」
参照:Validated ID「Validated ID raises € 2M in financing round」
参照:Crunchbase「Validated ID」
4-2.SNSにプライバシーと信頼性をもたらす「Zkorum」
SNSは現代社会において非常に影響力のあるツールとなっていますが、プライバシー・データの漏洩、誤情報・フェイクニュースの拡散、サイバー・プロパガンダ(インターネット上で世論を操作することを目的とする宣伝工作)、サイバー・ハラスメントなど、様々な課題が浮き彫りになっています。
Zkorum(ズコラム)は検証可能で匿名性の高いオンライン・コミュニティの創造を目指す、パリのスタートアップです。ユーザーのプライバシーを損なうことなく表現の自由やコラボレーションを実現出来る、透明性・安全性の高い次世代SNS用オープンソースを提供しています。
ゼロ知識証明暗号技術(特定の情報の内容を明らかにすることなく、情報そのものの有効性や所有権を証明する暗号技術)などの技術を活用し、認証を受けた匿名ユーザーのみがディスカッションや投票に参加出来るeデモクラシー・プラットフォーム「Agora(アゴラ)」を開発中です。同プラットフォームは中央集権的な管理者を必要とすることなく、暗号的にユーザーの身元や行動を確認することが出来る為、偽アカウント(なりすまし)の防止やユーザーデータの保護に大きく貢献することが期待されています。
2024年・7月には、次世代インターネット・プロトコルの開発を支援するEU委員会のイニシアチブNGI Trust Chain(NGIトラスト・チェーン)から、「(インターネットの)民主主義助成金」を獲得しました。
参照:Zkorum HP「Zkorum」
参照:Startups Magazine「European Commission enlists startups to combat online fake identity and misinformation」
4-3.顧客体験とロイヤルティ・プログラムを変革する「QX」
ロイヤルティ・プログラムは企業がリピーターを獲得し、顧客ロイヤルティを高める上で重要な役割を担っている反面、消費者データの収集・活用を懸念する消費者が増加傾向にあります。このような課題のソリューションとして、ブロックチェーンや分散型システムを顧客と企業・小売業者間のコミュニケーションやロイヤルティ・プログラムの強化に活用しているのは、ワルシャワを拠点とするQX(正式名:QX Venture)です。
同社は消費者が自分自身で管理出来るイーサリアムベースのSSIを発効し、企業・小売業者にはロイヤルティをトークン化する為の分散型アプリを開発しています。
トランザクションはシームレスで高速、かつ手数料が手頃なレイヤー2ソリューションであるPolygon(ポリゴン)ネットワーク上で行われ、消費者は報酬として獲得した「QXトークン」を商品・サービスに交換出来るという仕組みです。企業・小売業者はPolygonのOpenAPI(オープンAPI)を活用したトークン管理報酬システムを導入することにより、既存のロイヤルティシステムをWeb3に拡張することが可能になります。
同社は2022年の設立以来、「(インターネットの)民主主義助成金」を含めて2回の助成金を獲得しました。
参照:QX「QX」
参照:Crunchbase「QX」
参照:Startups Magazine「European Commission enlists startups to combat online fake identity and misinformation」
5.まとめ
多くのメリットが期待されている分散型IDですが、様々な課題もあります。例えば、異なるブロックチェーン間の相互運用性を確保し、国際的な普及を目指す為には、スケーラビリティ問題(利用者の増加によるシステム負担に起因するリスク)を解決し、仕様やデータ保護法・プライバシーに関する規制の標準化が必要となるでしょう。
こうした課題がどのように解決されるのかが重要となる一方で、技術的進歩や各国政府・国際機関・企業の取り組みが普及のカギを握っています。
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