運輸業界のCO2削減事例と展望、日本の気候変動への影響と解決策

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 陸運業とカーボンニュートラル
    1-1.陸運業のCO2排出の現状
    1-2.陸運業のカーボンニュートラルへの挑戦
    1-3.具体的企業の取り組み:ヤマトホールディングス
  2. 海運業とカーボンニュートラル
    2-1.海運業のCO2排出の現状
    2-2.海運業のカーボンニュートラルへの取り組み
    2-3.具体的企業の取り組み:商船三井グループ
  3. 空運業とカーボンニュートラル
    3-1.空運業のCO2排出の現状
    3-2.空運業のカーボンニュートラルへの取り組み
    3-3.具体的企業の取り組み:ANAホールディングス
  4. まとめ

運輸業は私たちの日常生活に深く関わっており、そのCO2排出量の多さは想像以上かもしれません。2021年度、日本全体で排出された二酸化炭素10億6,400万トンのうち、運輸部門からは1億8,500万トン、つまり17.4%が排出されていると国土交通省は発表しています。

運輸業は単に一つの業界として捉えるのではなく、陸運、海運、空運という3つの大きなカテゴリーに分けられます。今回は、これらの各セクターにおけるCO2排出の実態や、カーボンニュートラルを目指す取り組み、そして先進的な企業の事例を紹介します。

1.陸運業とカーボンニュートラル

1-1.陸運業のCO2排出の現状

陸運、海運、空運の中で、陸運のCO2排出量は圧倒的に高く、全体の86.8%を占めています。具体的には、バスやタクシーなどの旅客輸送が運輸部門の47.0%、全国での排出量としては8.2%。一方、貨物トラックなどの貨物輸送は運輸部門の39.8%、全国では6.9%です。

1990年代初頭からの陸運のCO2排出量は、乗用車の大型化や増加により増加傾向にありましたが、2001年をピークに、燃費基準の強化やエコカー減税などの政策により減少してきました。特に2013年度以降は、ハイブリッド車や電気自動車の普及により、さらなる排出量の削減が進んでいます。

1-2.陸運業のカーボンニュートラルへの挑戦

国土交通省の方針として、2030年度までに運輸部門のCO2排出量を2013年度比で35%削減する目標が掲げられています。これを実現するための手段として、燃費規制の強化や、次世代車への移行を促進する取り組みが進められています。

電気自動車やプラグインハイブリッド車の普及を加速させるため、充電インフラの整備や、新技術の研究開発が行われています。2030年までには、急速充電器を含む15万基の充電設備を設置する計画があり、ガソリン車と同等の利便性を目指しています。

水素エネルギーも忘れてはならない要素で、2030年までに1,000基の水素ステーションを効率的に配置する計画が進行中です。政府は、2035年までに新車の100%を電動車にする方針を掲げており、商用車に関しても、2040年までに電動車やその他の脱炭素車が100%を占めることを目指しています。特に8トン以上の大型車に関しては、2030年までに具体的な目標を設定する予定です。

1-3.具体的企業の取り組み:ヤマトホールディングス

ヤマトグループは、陸運業界のリーダーとして、カーボンニュートラルの実現に向けた先進的な取り組みを展開しています。2050年までに自社の温室効果ガス排出をゼロにするという野心的な目標を掲げ、2030年までには2020年度比で48%の削減を目指しています。

サステナブル経営の一環として、地域との連携を強化し、地域活性化や環境問題の解決に取り組んでいます。特に注目すべきは、群馬県との協力のもと、今年6月に結ばれた「カーボンニュートラル実現に向けた共創に関する連携協定」です。この協定に基づき、以下の5つの主要な取り組みが予定されています。

1. 再生可能エネルギーの導入と拡大
2030年度までに群馬県内の営業所に太陽光発電設備を20基設置。また、LED照明の導入など、環境に優しい施策を推進します。

2. 運輸部門でのCO2削減
群馬県内の車両850台を2030年度までに電動車へと更新。さらに、「PUDOステーション」の設置により、再配達の回数を削減し、環境への負荷を軽減しつつ、利用者の利便性も向上させます。

3. エネルギーのローカルプロダクション・ローカルコンシューム
「グリーンイノベーション基金事業」を活用し、カートリッジ式バッテリーを使った送電の試験を進めています。これを群馬県のマイクログリッドに適用し、エネルギーの効率的な利用を模索します。

4. 地域の交通問題への取り組み
自動運転技術やMaaS、客貨混載などの新しいアプローチを用いて、共同研究を進めています。

5. 脱炭素意識の啓発活動
「クロネコヤマト環境教室」を群馬県の学校で開催し、子供たちに環境に対する意識を高める取り組みを行っています。また、地域の環境イベントへの参加を通じて、啓発活動を展開しています。

ヤマトグループのこれらの取り組みは、業界全体のカーボンニュートラルへの道筋を示すものとして、大きな注目を集めています。

2.海運業とカーボンニュートラル

2-1.海運業のCO2排出の現状

海運業は、世界の経済活動を支える重要な役割を果たしています。多くの商品や資源は海路を通じて輸送されており、この産業の環境への影響は無視できません。国際海事機関(IMO)の2020年の調査によれば、2018年の海運からのCO2排出量は約9.2億トンに達し、これはその年の全世界のCO2排出量の約2.5%を占めるという驚異的な数字です。これは、例えばドイツ全国の排出量よりも大きいという事実が、海運の環境への影響の大きさを物語っています。

2-2.海運業のカーボンニュートラルへの取り組み

海運業界は、2050年のカーボンニュートラルを目指しています。IMOは、2050年までに2008年と比較してGHG排出量を半減するという目標を採択しており、さらに今世紀中には排出量をゼロにするという野心的な目標も掲げています。日本もこの流れに乗り、国土交通省は2050年までに国際海運のGHG排出を実質ゼロにする目標を公表しています。この目標は、日本だけでなく、米国や英国と共に、世界共通の目標としてIMOに提案されています。大手海運会社もこの挑戦に取り組む姿勢を見せており、商船三井や日本郵船、川崎汽船などが2050年のカーボンニュートラル実現を表明しています。

2-3.具体的企業の取り組み:商船三井グループ

商船三井は、カーボンニュートラルの実現に向けて、2021年6月に『商船三井グループ環境ビジョン2.1』を発表しました。そして、2023年4月にはこのビジョンを更に進化させた『商船三井グループ環境ビジョン2.2』を公開し、具体的なKPIやマイルストーンを設定しています。

商船三井グループは、以下のような中長期の目標を掲げています:

〇2030年までの目標:

  • LNGやメタノールを燃料とする外航船を90隻導入。
  • ゼロ・エミッション燃料の使用を5%まで増やす。
  • 再生可能エネルギーの割合を100%とする。
  • ウインドチャレンジャーを搭載した船を25隻運用。
  • 2019年と比べて燃費効率を5%向上。
  • カーボンクレジットを利用し、220万t-CO2eのCO2を削減・吸収。

〇2035年までの目標:

  • ネットゼロ・エミッションを達成するための外航船を130隻導入。
  • ウインドチャレンジャーを搭載した船を80隻まで増やす。

これらの取り組みは、環境への影響を最小限に抑えつつ、持続可能な経営を目指すものとなっています。

3.空運業とカーボンニュートラル

3-1.空運業のCO2排出の現状

航空業界は、国際エネルギー機関(IEA)のデータによれば、2021年のCO2排出量が7億1000万トンに達し、これは運輸業界全体の9%、さらに全世界のCO2排出量の2%を占めています。日本でも、航空業界は全体のCO2排出の5%を占める重要な部門となっています。

航空機のCO2排出の主な原因は、航空燃料の燃焼です。航空機はジェットエンジンを動力源としており、このエンジンは高エネルギー密度の航空燃料を燃焼させて動作します。燃料の燃焼過程で放出されるCO2は、航空機の飛行距離や燃焼効率、さらには飛行条件などによって変動します。

しかし、航空機のCO2排出は、飛行中のエンジンだけでなく、地上でのエンジンの動作や航空機の製造・維持、空港の運営など、空運業に関連する多くの要素が関与しています。

技術の進化や航空機の設計の改善により、燃料消費やCO2排出が低減してきましたが、航空需要の増加により、絶対的なCO2排出量は増加傾向にあります。欧州委員会の分析によれば、航空業界が現状のまま進行すると、2050年までに2005年と比べてCO2排出量が300%以上増加する可能性があるとされています。

このような背景から、空運業界はCO2排出削減を主要な課題として取り組んでいます。次に、空運業のカーボンニュートラルへの取り組みについて詳しく見ていきましょう。

3-2.空運業のカーボンニュートラルへの取り組み

航空業界は、国際的な取り組みを進めており、国際民間航空機関(ICAO)が主導する形で、2020年を目標に「ICAOグローバル削減目標」が2013年に制定されました。この目標は、燃料効率の毎年2%の改善と、2020年以降の総排出量の増加を抑制するという2つの主要なポイントを含んでいます。

さらに、2016年には、2035年までのCO2削減策として、CORSIAの枠組みが導入されました。これにより、新しい技術の導入、運航方法の最適化、持続可能な航空燃料の利用、そして市場メカニズムを活用した取り組みが進められています。

日本も、この国際的な流れに沿って、地球温暖化対策を強化しています。2030年度までのCO2排出量の目標を設定し、国土交通省を中心に、航空業界の脱炭素化を推進するための「航空法改正」が令和4年6月に実施されました。この改正に基づき、航空業界の脱炭素化の基本方針が同年12月に策定されました。

航空局は、航空機運航と空港の2つの分野での取り組みを進めており、専門家や航空関連企業、関連省庁との連携のもと、検討会を設立しています。この検討会の結果を基に、持続可能な航空燃料(SAF)の普及、効率的な運航のための先進的な管制、航空機の電動化や水素利用、新技術の導入などの施策が進行中です。

特に、空港における再生可能エネルギーの導入や、エコエアポートの推進など、官民協力のもとでの取り組みが注目されています。これらの施策は、航空業界の持続可能性を高めるための重要なステップとなるでしょう。

3-3.具体的企業の取り組み:ANAホールディングス

ANAホールディングスは、日本を代表する航空会社として、環境問題への取り組みを積極的に進めています。2030年と2050年を目標に、新しい「トランジション戦略」を策定し、脱炭素社会の実現を目指しています。

この戦略の中で、以下の4つの主要な方法が挙げられています。

1. 運航と航空機の技術改善
ANAは、エアバスやボーイングとの協力を通じて、次世代の低炭素飛行機の研究や開発を進めています。特に、水素を利用した航空機や、持続可能な技術の導入が注目されています。

2. SAFの導入
持続可能な航空燃料(SAF)の導入は、ANAのCO2排出量削減の主要な手段となっています。2030年までには、全消費燃料の10%以上をSAFに切り替えるという目標が設定されており、2050年にはほぼ全量を低炭素化する予定です。

3. 排出権取引制度の活用
ANAは、短期から中期にかけて排出権取引制度を利用する方針を採用しています。そして、2050年までには、この制度を利用せずに、CO2の排出を実質的にゼロにするという野心的な目標を掲げています。

4. ネガティブエミッション技術の導入
大気中のCO2を直接除去するネガティブエミッション技術、特にDAC技術の導入を検討しています。これにより、CO2の回収・固定が可能となります。

また、これらの取り組みを支えるための資金調達策として、「グリーンボンド・フレームワーク」を導入しています。

4.まとめ

運輸業の各分野、陸・海・空、はカーボンニュートラルの実現に向けて、様々な取り組みを進めています。特に、燃料や機材の更新は重要な課題となっており、これに対応するための技術開発に、多くの日本企業が参加しています。カーボンニュートラルの実現はもちろん、次世代技術の開発という観点からも、運輸業の取り組みは今後も注目されるでしょう。

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