ビル・ゲイツ創設のブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ、ファンドのアプローチ手法や投資先の注目スタートアップは?
マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏は2016年、自身が主導する形で「ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(以下、BEV)」を立ち上げました。BEVは、一定の基準の下で脱炭素化に資する新興企業に投資するベンチャーキャピタル(VC、※)です。
※VC…未上場の新興企業(ベンチャー企業)に出資して株式を取得し、将来的にその企業が株式を公開(上場)した際に株式を売却し、大きな値上がり益の獲得を目指す投資会社や投資ファンドのことを指します。
技術者、経営者、そして慈善家としての顔を持つゲイツ氏が如何なる狙いを持って同ファンドを立ち上げたのでしょうか。また、多くの市場関係者が注目する投資先は如何なるイノベーションを発揮しているのか気になるところです。
そこで今回は、BEVの概要や立ち上げの狙い、アプローチ手法、および注目の投資先を紹介します。
目次
- BEV誕生
- ブレークスルー・エナジーのアプローチ手法
2-1 問題の定義
2-2 解決策の優先順位付け
2-3 協働 - BEVの主な投資先
3-1 AIを活用した金属スクラップリサイクルの「ソルテラアロイ」
3-2 木の皮などからカーボンブロックを作る「グラファイト」
3-3 カーボンリサイクル・コンクリートを製造する「カーボンキュア」 - まとめ
1 BEV誕生
ゲイツ氏は2015年、気候変動対策の国際的な枠組み「パリ協定」の締結に合わせ、脱炭素技術を有する企業に投資する「ブレークスルー・エナジー」を設立しました。翌2016年にエネルギー分野に特化したVCであるBEVを立ち上げます。
BEVの概要
設立年 | 2016年 |
会長 | ビルゲイツ氏 |
コミットメント | 温室効果ガス (GHG) を削減すること |
ファンドサイズ | 20億ドル超 |
出資 | 100社超 |
出資者 | ジェフ・ベゾス氏、 レイ・ダリオ氏、孫正義氏など |
※参照:ブレークスルー・エナジー「OUR WORK」「Board and Investors」
ゲイツ氏はこれまで「ビル&メリンダ・ゲイツ財団※」を通じ、貧困や公衆衛生の問題に取り組んできました。
※ビル&メリンダ・ゲイツ財団…マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が、妻のメリンダ氏とともに2000年に設立した世界最大規模の慈善団体です。アジアやアフリカなどの途上国が抱えるマラリアやポリオなど感染症の対策や貧困撲滅といった分野で、様々な形の支援活動を行っています。基本財産は約413億ドル(約5兆800億円)。
そして、2000年代初頭にナイジェリアへ旅行した際に、世界中で約10億人が信頼できる電力サービスを享受できていないことを知りました。このことをきっかけに気候変動の問題に取り組み始めます。ゲイツ氏はその後の10年間をかけて、気候変動について出来る限り多くのことを学び、その過程で全ての国が排出量をゼロにするための鍵がイノベーションにあるとの結論に達します。
そこで、ゲイツ氏は新しい解決策を有する成長企業に資金を提供すべく、20名以上の投資家と共にBEVを立ち上げました。同ファンドは世界のGHGの削減にコミットしており、これまでに100社以上の新興企業を支援しています。
※画像はブレークスルー・エナジーのウェブサイトより引用「Why I founded Breakthrough Energy」
ファンド規模は、BEVⅠ、BEVⅡ、BEVヨーロッパの3ファンドを合わせて20億ドル(約2,900億円)超です。投資対象は、発電・蓄電、輸送、農業、エネルギーシステム効率化など、様々な分野にわたります。ゲイツ氏は、中所得国が購入できる安さで必要とされる技術として以下のようなものを挙げています。
中所得国が購入できる安さで必要とされる技術(一部抜粋)
炭素を排出せずに生産される水素 | 核融合 |
フルシーズンもつグリッドスケールの電力貯蔵 | 炭素回収 |
次世代バイオ燃料 | 地熱エネルギー |
炭素ゼロのセメント | 揚水発電 |
炭素ゼロの鉄鋼 | 干ばつや洪水に強い食用作物 |
植物由来や細胞由来の肉、乳製品 | 炭素ゼロのパーム油の代替物 |
炭素ゼロの肥料 | フロンガスを含まない冷媒 |
※参照:ビル・ゲイツ(2021). 地球の未来のため僕が決断したこと . 早川書房 .
また、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏、世界最大級のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエイツ創業者のレイ・ダリオ氏など、錚々たるメンバーがBEVに出資しています。日本からはソフトバンクグループ創業者の孫正義氏が加わりました。
※参照:ブレークスルー・エナジー「OUR WORK」「Board and Investors」
2 ブレークスルー・エナジーのアプローチ手法
ここからはブレークスルー・エナジーのアプローチ手法を見ていきましょう。アプローチ手法としては、主に以下の3つに分けられます。
- 問題の定義
- 解決策の優先づけ
- 協働
2-1 問題の定義
ブレークスルー・エナジーでは、まずはどのようなことが問題になっているのかを明らかにしています。
1つ目の問題として、世界が毎年、510億トンのGHGを大気中に排出しており、気候変動に伴う災害を防ぐためには、この数字を2050年までにゼロにする必要がある、という点を挙げています。それと同時に、2つ目の問題として、世界人口が2100年までに100億人に達すると予想される中、よりクリーンで信頼できる安価なエネルギーを作らなければならないことも挙げています。
ブレークスルー・エナジーは510億トンに対してどのくらいの排出量か、もしくは何%減らせるのかを確認しています。「GHGを~トン削減し、これは自動車〇台削減するのに相当する」と言ったような比較よりも、より有意義で分かりやすいのではないでしょうか。GHGのトン数を目にしたら、現在の二酸化炭素(CO2)換算ベースの年間排出量510億トンの何%になるか容易に計算することができます。
ゲイツ氏は、510億トンを基準に、新興企業が有する、もしくは開発を進める技術を活用することで、どれくらいの排出量を削減できるか計算しています。そして、ブレークスルー・エナジーは最低でも年間5億トンを削減できる技術を有する企業にのみ、資金を提供する方針です。
また、これ以上炭素を排出することなく、今日私達が行っている全てのことを行えるようにするためには、電力、製造、農業、輸送、建物という5つの部門でイノベーションを起こす必要があると考えています。
世界の部門別GHG排出量
※図はブレークスルー・エナジー「The Five Grand Challenges」を基に筆者作成
2-2 解決策の優先順位付け
次に、問題を解決する上での解決策の優先づけを行っています。
排出ゼロの技術を導入してエネルギー経済を移行させるには、一定程度のコストがかかるのが現状です。その際、ゲイツ氏は「グリーン・プレミアム」という考えを採り入れています。
グリーン・プレミアムとは、GHGをより多く排出する技術よりも、クリーンな技術を選択する場合の追加コストのことです。化石燃料のような既存の選択肢にかかる真の経済的・環境的コストを価格に織り込んでいないことが、追加でコストを支払う一因になります。
例えば、ブレークスルー・エナジーによれば、牛ひき肉の平均小売価格は1ポンドあたり3.79ドルですが、植物由来のハンバーガーは5.76ドルです。カーボン・ゼロ・バーガーのグリーン・プレミアムは、両者の差額、つまり1.97ドルとなります。しかし、通常のハンバーガーは、その製造過程で発生する排出物(通常は家畜から放出されるメタンの形で排出される)の真のコストを反映していない、という考えです。(おそらく比較のために単純化しており、実際には植物由来のハンバーガーの製造には規模の経済がまだ働いていないため高い価格となる、といった面もあると考えられます)
グリーン・プレミアム(ドル)
※図はブレークスルー・エナジー「The Green Premium」を基に筆者作成
このように、グリーン・プレミアムを用いることで、気候変動への対応に向けた進捗状況を数値化すると共に、まだ克服しなければならない障壁を確認することにも役立つでしょう。鉄鋼、電力、燃料、プラスチックなどのグリーン・プレミアムの計算法は、ブレークスルー・エナジーの「The Green Premium」にて詳細が公開されています。
そして、解決策の優先順位としては、まずは、米国のゼロカーボン電力のように、グリーン・プレミアムの低い技術は、優先的に奨励し、今すぐ可能な限り利用すべきとしています。次に、セメントのように、グリーン・プレミアムが高すぎる分野は、そのプレミアムを削減し、クリーンな選択肢をできるだけ早く手頃な価格にするために、研究開発投資を支援することになります。
そして、BEVはペイシェント・キャピタル(patient capital、寛容な投資)という概念を持ち、20年という単位でアーリーステージの技術を有するスタートアップに辛抱強く投資を行う方針を掲げています。数年単位で成果を求める投資ファンドがある中で、BEVはまさにペイシェント・キャピタリストと言えるのではないでしょうか。
2-3 協働
ブレークスルー・エナジーは、多様なステークホルダーを集め、アイデアから大規模な行動へと結びつけるための協働ネットワークを構築しています。ネットワークを通じ、BEVのほかに以下のようなファンド、組織を立ち上げました。
- ブレークスルー・エナジー・カタリスト(BEC)
- ブレークスルー・エナジー・フェロー(BEF)
- ブレークスルー・エナジー・ヨーロッパ(BEE)
- ポリシー&アドボカシー
上記のうち、「ブレークスルー・エナジー・カタリスト(BEC)」は、脱炭素関連のうち、研究開発段階を終えて商用化を目指す事業に投資するファンドです。BECはこれまでに10億ドル以上の資金を調達しており、以下のような分野における技術の世界的な普及を促進し、グリーン・プレミアムの削減を目指しています。
- クリーン水素
- 長期エネルギー貯蔵
- 持続可能な航空燃料(SAF)
- ダイレクト・エアー・キャプチャー(DAC)
- セメント、鉄鋼、プラスチック、繊維、肥料を脱炭素化する製造業
BECは、アメリカン航空、アルセロールミタル、バンクオブアメリカなどに加え、日本からは三菱商事と三井住友信託銀行がパートナー企業として出資を決めました。
「ブレークスルー・エナジー・フェロー(BEF)」は、世界がクリーンなエネルギーの未来を実現するための技術を開発する世界最高のイノベーターに研究資金と実地支援を提供しています。
GHGを最低年間5億トン削減する可能性のある技術に焦点を当て、これまでに、水素、鉄鋼、セメント、食品・農業、エネルギー貯蔵、核融合、二酸化炭素の回収・貯留・隔離といった技術の支援を行ってきました。
参考:ブレークスルー・エナジー「Breakthrough Energy Network」
このように、ブレークスルー・エナジーは、GHGを大幅に削減する有望技術を有する新興企業の成長ステージに合わせて、資金提供や実地サポートを提供しています。
※図は三菱商事「革新的な脱炭素技術の社会実装を加速させるBreakthrough Energy Catalystへの参画について」より引用
3 BEVの主な投資先
ここからは、BEVの主な投資先を見ていきましょう。(参考:ブレークスルー・エナジー「The BEV Portfolio」)
今回は、カーボンリサイクルでCO2を資源として活用したり、木の皮や植物の茎などを再利用して炭素除去に取り組んだりと、サーキュラーエコノミー(※)領域で優れた技術を有するスタートアップをご紹介します。
※サーキュラーエコノミー…資源を廃棄せずに循環させることで有効利用する経済を指します。
3-1 AIを活用した金属スクラップリサイクルの「ソルテラアロイ」
ソルテラアロイ(Sortera Alloys)は米国インディアナ州を拠点とし、人工知能(AI)、データ分析、高度センサーを搭載した産業用金属スクラップのソーティングマシンを開発するスタートアップです。
同社のソーティングマシンを活用することで、自動車などで使用された金属スクラップからアルミニウム、銅など高純度リサイクル(およびアップサイクル※)金属原料を作り出します。これにより、炭素排出量を削減すると共に、サーキュラーエコノミーの実現に貢献しています。
※アップサイクル…本来は捨てられるはずの製品に新たな価値を与えて再生することで、創造的再利用とも呼ばれる。
ソルテラは、カーボンニュートラルに寄与する有望なスタートアップ100社で構成される「2023グローバル・クリーンテック100社」に選出されるなど、市場で注目を浴びるクリーンテックスタートアップの1社と言えます。
ソルテラのサーキュラーを実践するAI
※図はソルテラアロイ「TECHNOLOGY」より引用
3-2 木の皮などからカーボンブロック作る「グラファイト」
グラファイト(Graphyte)は、光合成によってCO2を取り込んだ木の皮、籾殻、植物の茎など、農林業から出る副産物を再利用する、世界初で唯一の炭素除去技術である「Carbon Casting」と呼ばれるプロセスを採用しています。
同技術を活用し、容易に入手可能なバイオマスを乾燥・圧縮した後、環境的に安全で不透過性のバリアで保護された高密度のカーボンブロックに変換し、最先端のモニタリングを備えた地下施設に保管します。
Carbon Castingは、バイオマスに含まれるほぼ全ての炭素を保存し、その過程で殆どエネルギーを消費しないため、既存の炭素除去アプローチと比較して大幅に少ないエネルギーと低コストでCO2を1,000年以上貯留することができます。
※図はグラファイトより引用
3-3 カーボンリサイクル・コンクリートを製造する「カーボンキュア」
カーボンキュア(CarbonCure)は、CO2を再利用してコンクリートを生成する技術を開発したカナダのスタートアップです。
カーボンキュアは、石灰石を焼いた際に発生するCO2をセメントに注入する技術を活用することで、高強度のコンクリートを生成すると共に、CO2排出量を4~6%削減することが期待できます。セメント・コンクリートは、グリーン・プレミアムが高い分野であり、同社のような技術を有する企業が業容を大きく拡大させていく余地があると言えるでしょう。
市場からの注目度も高く、優れた技術の開発を促進し、世界が直面する課題の解決を目的としたグローバルコンペ「Xプライズ」のCO2有効活用分野で大賞に選ばれました。
カーボンキュアの技術を活用して生成されたコンクリート
※図はカーボンキュア「500 Million Tonne CO2 Reduction」より引用
4 まとめ
BEVは、その他にも藻類由来のバイオ燃料製造バイリドス(Viridos)、核融合のコモンウェルス・フュージョン(Commonwealth Fusion)、牛のゲップによるメタン排出削減を図るルミン8(Ruimin8)などにも出資しています。
BEVの支援を受けた新興企業がイノベーションを発揮し、GHG排出量510億トンからゼロに向けて大きく貢献することに期待したいです。
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