韓国のカーボンニュートラル政策を解説 2050年に向けた取り組みとは?
一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12)に解説していただきました。
目次
- 温室効果ガス排出の現状
1-1. 韓国の化石燃料依存とその影響
1-2. 韓国の大胆な温室効果ガス削減目標
1-3. 近年の温室効果ガス排出量の推移 - カーボンニュートラルに向けた取り組み
2-1. グリーン成長を促す韓国版ニューディール統合計画
2-2. 炭素中立・グリーン成長基本法による推進
2-3. 電力需給基本計画におけるエネルギー戦略
2-4. 排出量取引制度(K-ETS)の展開と課題 - 今後の展開
3-1. カーボンフリーエネルギー(CFE)イニシアチブ - まとめ
韓国は、地球温暖化や気候変動の影響に対応するため、温室効果ガス削減に向けた政策を積極的に進めています。
実際、2020年には「2050年カーボンニュートラル宣言」を行い、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを国家の目標として掲げており、このカーボンニュートラル達成に向けて、韓国政府は複数の政策を策定し、さまざまな分野での取り組みを強化しています。
今回は、韓国におけるカーボンニュートラルの動きについて、温室効果ガス排出の現状を紹介しながら、関連する政策などを詳しく解説していきます。
①温室効果ガス排出の現状
1-1. 韓国の化石燃料依存とその影響
韓国は急速な経済成長に伴い、エネルギー消費量と温室効果ガス排出量が増加しています。世界第11位のGDPを誇る一方で、一次エネルギー消費量は世界第8位と高い水準にあり、主に化石燃料に依存しています。このため、温室効果ガス排出量の大部分がエネルギー部門から発生しています。
韓国のエネルギー供給は石炭、石油、天然ガスに大きく依存しており、特に石炭火力発電が重要な位置を占めています。韓国の石炭火力発電所は全体の約1/4を占め、二酸化炭素排出量の主な原因となっています。しかし近年、石炭火力発電所の数を徐々に減らし、再生可能エネルギーや天然ガスへの移行が進んでいます。韓国政府は、エネルギー転換を進めることで温室効果ガスの排出を抑制しようとしています。
韓国のエネルギー消費の増加には、製造業や輸送部門の需要が大きく関わっています。特に鉄鋼や石油化学などの重工業は、大量のエネルギーを消費し、温室効果ガスを大量に排出しています。政府は、産業部門でのエネルギー効率改善を進め、これらの課題に取り組んでいます。これには、高効率の製造設備の導入や、排出量の少ない新技術の開発と普及が含まれます。また、国民の生活様式の変化によるエネルギー消費のパターンにも対応するため、住宅部門における省エネ対策も進められています。
1-2. 韓国の大胆な温室効果ガス削減目標
韓国は、国際的な気候変動対策の一環として、温室効果ガス削減目標を掲げています。具体的には、2015年の「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」で採択され、2016年に発効した「パリ協定」に基づき、2030年までに2018年比で温室効果ガス排出量を40%削減することを目指しています。
この目標は、韓国が長年依存してきた化石燃料に基づく急速な工業化を考慮すると非常に挑戦的なものです。特に、石炭火力発電は韓国の二酸化炭素排出量全体の約40%を占めており、エネルギー転換が不可欠な課題となっています。こうした背景の中で、再生可能エネルギーの導入や化石燃料からの脱却が重要なテーマとして位置付けられています。
さらに、韓国は2020年に「2050年カーボンニュートラル宣言」を行い、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標に掲げました。この野心的な目標を達成するためには、産業、輸送、建設といったエネルギーを大量に消費する主要セクターでの抜本的な変革が必要とされています。
具体的な施策として、韓国政府は再生可能エネルギーの導入拡大、エネルギー効率の向上、そして電気自動車や水素エネルギーの普及促進を進めています。加えて、環境・エネルギー産業の振興や、低炭素かつ環境に優しいインフラの整備を目的とする「グリーンニューディール政策」を通じて、低炭素社会への移行を推進しています。これにより、炭素排出を抑制する技術開発にも積極的に取り組んでいます。
しかし、韓国のエネルギー政策は依然として化石燃料に強く依存しており、これらの目標を達成するためには、さらなる努力と技術革新が求められています。
1-3. 近年の温室効果ガス排出量の推移
韓国環境部の報告によると、2022年の温室効果ガス排出量は前年比で3.5%減少し、6億5,450万トンとなりました。これは、エネルギーミックスの改善や経済成長の鈍化が影響した結果とされています。特に、石炭火力発電所からの二酸化炭素排出量が減少し、天然ガスや再生可能エネルギーへの依存が徐々に高まっていることが要因とされています。
また、産業部門でもエネルギー効率の向上が進められており、省エネルギー技術の導入や工場の最適化による排出削減がみられます。政府はこの傾向を継続させるべく、産業部門での省エネ技術の普及や、再生可能エネルギーへの転換をさらに推進しています。
しかし、韓国が掲げる2030年までに温室効果ガス排出量を2018年比で40%削減するという目標を達成するためには、さらなる削減努力が必要です。これには、排出量取引制度の強化や、再生可能エネルギーの導入拡大、エネルギー消費の多い建物や輸送部門での技術革新が重要な役割を果たすと考えられています。
②カーボンニュートラルに向けた取り組み
2-1. グリーン成長を促す韓国版ニューディール統合計画
韓国では、2020年7月、新型コロナウイルス感染拡大による危機を乗り越え、経済・社会構造の変化に対応することを目的として、新しい経済発展戦略である「韓国版ニューディール総合計画」が発表されました。
この計画は、2025年までに総額160兆ウォン(約15兆2,000万円)を投資する巨大プロジェクトとなっており、デジタルインフラやビッグデータなどに関する産業を育成する「デジタルニューディール」と、気候変動に対応し、環境に優しい低炭素社会を目指す「グリーンニューディール」、所得格差を解消する「社会安全網ニューディール」で構成されています。
また、2020年10月には、この3つの柱に、地域経済の活性化などを目指す「地域均衡ニューディール」が加わり、4本柱の下で総合的に施策が推進されています。
さらに、2021年7月には追加対策が発表され、グリーン化について、カーボンニュートラルの推進基盤の構築が新たな課題として盛り込まれました。
具体的には、2030年までの温暖化ガス削減目標の達成に向けて、温暖化ガス測定・評価システムを整備し、産業界の二酸化炭素の排出削減体制を構築することが言及されました。
このほか、2025年までの総事業費に関しても、60兆ウォン(約6兆円)が追加され、計220兆ウォンに拡大されるなど、より積極的な取り組みが行われています。
2-2. 炭素中立・グリーン成長基本法による推進
韓国は、カーボンニュートラル達成に向けて、複数の法的措置を整備してきました。その中心的な役割を果たしているのが、2022年に閣議決定された「炭素中立・グリーン成長基本法」です。この法律は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという国家目標を法的に支えるものであり、2030年までに2018年比で40%の削減を目指しています。
この基本法では、国および地方政府がそれぞれ5年および10年ごとの計画を策定し、温室効果ガス削減のための具体的な施策を実施する義務を負っています。さらに、「気候対応予算」や「気候変動影響評価」といった新しいツールを導入することで、政府の主要な開発事業が環境に与える影響を評価し、削減目標に沿った形で進められるようになっています。
このような具体的な法的枠組みの背後には、韓国がカーボンニュートラルを実現するための広範な法制度の整備があります。2022年10月に発足した「カーボンニュートラル・グリーン成長委員会」は、政策実施を監督し、温室効果ガス削減を推進するための具体的な戦略を策定しています。委員会は「カーボンニュートラル・グリーン成長推進戦略」と「技術革新戦略」を発表し、技術開発や産業別の削減目標達成に向けた具体的な方向性を示しました。
この基本法は、単に一つの法律に留まらず、政府全体の気候政策を包括的に支えるものです。文在寅(ムン・ジェイン)前政権で策定された削減目標に加え、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権下では、政策の転換に伴う新たな施策も導入されています。特に、産業界の指摘に応え、より実効性のある削減施策を取り入れたことで、法制度全体が持続可能な成長とカーボンニュートラルの達成に貢献しています。
2-3. 電力需給基本計画におけるエネルギー戦略
2024年5月、韓国政府は「第11次電力需給基本計画」の実務案を発表しました。この計画は、2024年から2038年までの電力需給見通しと発電源拡充計画を盛り込んだものであり、韓国のエネルギー政策の中核を成す重要な指針となっています。電力供給の安定性を確保しつつ、電力需要の予測に基づいてエネルギー政策を策定するため、政府は2年ごとにこの計画を見直しています。
今回の計画では、2038年までに3基の新設原子力発電所を稼働させる予定が示されており、特に2035年からは次世代型原子力発電である「小型モジュール炉(SMR)」の本格運用を開始する計画です。原発の新設が正式に盛り込まれたのは2015年の新ハヌル原発3、4号機以来のことであり、今回の発表は原子力分野における重要な進展として注目を集めています。現在稼働している26基の原子炉に加え、第10次計画に基づく4基の新設が完了すれば、2038年には合計30基が運用される見込みです。
さらに、政府は2038年までに必要な追加電力10.6ギガワット(GW)のうち、4.4GWを新設する原子力発電所3基で賄う方針を示しています。このような原子力発電所の増設は、韓国のエネルギー供給の安定を確保するための重要な施策となっています。
しかし、原子力発電の新設には依然として多くの課題が残されています。新規原発の建設には用地の選定が必要であり、地元住民の反発や放射性廃棄物の処理問題など、社会的な合意が不可欠です。また、国会への報告に際しては「脱原発」を支持する野党の反対も予想されており、政府はこれらの課題を克服する必要があります。
一方で、韓国政府は原子力発電だけでなく、再生可能エネルギーの導入拡大も同時に推進しています。第10次電力需給基本計画において、2030年までに新再生可能エネルギーの発電比率を21.6%まで拡大する「新再生エネルギー普及目標」を掲げており、エネルギー供給のバランスを取ることが大きな課題となっています。
「第11次電力需給基本計画」は、原子力と再生可能エネルギーの両立を図りながら、カーボンニュートラル達成に向けたエネルギーミックスを確立することを目指しています。韓国はこの計画を通じて、持続可能なエネルギー供給と環境保護の両立を進めていく方針です。
2-4. 排出量取引制度(K-ETS)の展開と課題
韓国では、脱炭素政策の一環として「排出量取引制度(K-ETS)」が運用されています。これは、企業の二酸化炭素排出に価格をつけ、市場メカニズムを通じて排出削減行動を促す「カーボンプライシング」の一種です。韓国では炭素税は導入されておらず、この排出量取引制度が炭素排出削減の主な政策手段となっています。
韓国の排出量取引制度は、2010年に制定された「低炭素グリーン成長基本法」に基づいて、2015年に本格的に施行されました。この制度では、政府が温室効果ガス排出枠を発行し、企業ごとに排出量の上限を設定します。企業がその上限を超えた場合は、排出枠を市場で購入しなければならず、逆に上限を下回った場合は排出枠を売却できます。この市場メカニズムを通じて、企業に対して温室効果ガス削減を促すインセンティブが提供されています。
また、2012年に制定された「温室効果ガス排出量の割り当ておよび取引に関する法律」に基づいて、排出枠の割り当て対象部門は、エネルギー転換、産業、建築、輸送、廃棄物、公共(例:水道業)など、6つの部門に分類されています。これにより、幅広い産業セクターがこの制度に参加し、排出量削減を進めています。さらに、韓国取引所(KRX)が排出量取引市場を運営し、単一価格による売買とリアルタイム取引が導入されています。
しかし、排出量取引制度には課題も残されています。2020年以降、コロナ禍による経済の停滞により、排出枠の余剰が発生し、2023年には排出量取引市場の平均価格が12,960ウォンだったものが、2024年9月時点では9,600ウォンまで下降しています。また、現行制度では、有償排出枠の割合が全体で3~4%にとどまっており、全業種に対する公平な適用が課題とされています。これに加え、一部の業種にしか適用されていないことも、さらなる制度改善が求められる要因です。
韓国政府は、排出量取引制度の改善と並行して、エネルギー効率を高める技術開発や再生可能エネルギーの導入を進めることにも力を入れています。排出量取引制度は、炭素排出削減の有力なツールである一方で、制度の適用範囲を広げることや取引価格の安定化を図ることが重要です。
また、カーボンプライシングの一環として、韓国では「油類税」がガソリンや軽油に課されています。これは炭素税に近い役割を果たしていますが、原油価格の高騰や中東情勢の影響により、2024年4月には9回目となる引き下げ措置の延長が発表されるなど、税制の柔軟な調整も行われています。
③今後の展開
3-1. カーボンフリーエネルギー(CFE)イニシアチブの推進
2023年9月21日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は第78回国際連合総会で基調演説を行い、「カーボンフリーエネルギー(CFE)」の国際的な拡大と、「カーボンフリー(CF)連合」の結成を提案しました。この提案は、気候変動への国際的な対応として、エネルギー分野での脱炭素化を進め、持続可能なエネルギーへの転換を世界規模で推進するためのものです。
「カーボンフリーエネルギー(CFE)」とは、発電過程で炭素を排出しないエネルギー源や技術を指し、原子力、クリーン水素、再生可能エネルギー、そして炭素回収・利用・貯留(CCUS)などが含まれます。これらの技術は、化石燃料依存からの脱却を目指すだけでなく、地球温暖化の進行を抑制するために欠かせない要素となります。
さらに、CFEイニシアチブは、先進国と途上国の間に存在する気候格差を解消するための「カーボンフリー(CF)連合」を提案しています。この連合は、先進国が途上国に対して技術と知見を共有し、共にカーボンフリーエネルギーの普及を目指すためのオープンプラットフォームです。
尹大統領の提案する「CFEイニシアチブ」は、各国のエネルギー事情を考慮しながら、実効的な炭素排出ゼロのエネルギー源の普及を目指すものです。特に、発展途上国が炭素フリー技術にアクセスできるようにすることで、気候変動の悪影響を軽減し、グローバルなエネルギー転換を推進する枠組みを提供します。
2023年10月19日には、CFEイニシアチブの具体的な推進計画が発表され、以下の4つの主要項目が掲げられました:
- 認証体制の構築と国際標準化の推進
CFE技術の導入に向けた信頼性の確保のため、2025年までに「CFE国際標準」を策定し、ISOやIECに提案することを目指しています。 - CF連合の発足とCFEプログラムの開発
先進国と途上国の協力を基盤に、CF連合を発足させ、技術移転や技術支援プログラムを構築します。これにより、途上国もCFE技術を導入しやすくなります。 - グローバルアウトリーチを通じた拡大
各国政府や企業と連携し、CFE技術の普及を世界規模で促進します。これには、国際的な認知度向上や、技術支援、資金援助の拡充も含まれます。 - 国際共同研究と途上国支援の拡大
国際共同研究を通じて、より高度な炭素フリー技術の開発を推進し、特に途上国に対して技術移転やインフラ整備の支援を強化します。
これらの施策により、CFE技術は単なる技術革新にとどまらず、世界的なエネルギー転換と気候変動対策の重要な一環として、全世界での普及が目指されます。韓国はこのイニシアチブを通じて、エネルギー政策における国際的なリーダーシップを発揮し、カーボンニュートラルへの道筋を示そうとしています。
④まとめ
韓国では、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル目標を掲げており、再生可能エネルギーの導入拡大やエネルギー効率向上を推進しています。近年、炭素中立・グリーン成長基本法の策定や排出量取引制度の導入など、さまざまな関連政策が展開され、政府を中心とした積極的な取り組みが行われています。
また、日本も韓国と互いにエネルギー政策の動向を紹介し、意見交換する場である「日韓エネルギー協力対話」を実施しており、カーボンニュートラルに関する交流を深めています。韓国のカーボンニュートラルへの取り組みは、技術革新や政策実施の観点から他国にも多くの示唆を与えており、これからの地球規模での気候変動対策において重要な役割を果たしていくことでしょう。今後も、韓国の進展を注視しつつ、持続可能な未来に向けた行動を共に進めていく必要があります。
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韓国のカーボンニュートラル政策を解説 2050年に向けた取り組みとは?